KAKKA is not 閣下

Drivemodeというシリコンバレーのスタートアップでエンジニア、2019年9月に某自動車会社にExit、某自動車会社のDX推進のリード、「みてね」のエンジニアリング組織マネジメント。 CSP-SM(認定スクラムプロフェッショナル)、メタルドラマー。 ex:Drivemode(Honda), Drivemode、リクルート、MIXI、NAIST Twitter→@KAKKA_Blog

エンジニアの評価に「技術力」は7分の1でしかない — ラダー設計とマネジメントの本質

「あの人、技術力はあるんだけどね……」

エンジニアの評価について議論していると、この言葉をよく耳にします。その逆もあって、「技術力は突出していないけれど、あの人がいるとチームが回る」というケースもあるでしょう。

多くの組織で、エンジニアの評価は暗黙のうちに「技術力」と同義で語られています。コードが書ける、アーキテクチャが設計できる、難しいバグを解決できる。たしかにこれらは重要なスキルです。しかし、技術力だけでエンジニアを評価することは、サッカー選手をシュートの精度だけで評価するようなものではないでしょうか。

僕は株式会社MIXIのみてね組織(株式会社MIXIの家族向け写真・動画共有アプリ)で、エンジニアとデザイナーの評価指標——いわゆるキャリアラダー——を自ら設計しました。それぞれ「みてねエンジニアリングラダー」「みてねデザイナーラダー」と呼んでおり、現在はどちらも社外公開しています。

これらを作る過程で、「エンジニアの評価とは何か」という問いに真正面から向き合うことになりました。

そして行き着いた結論は明確でした。技術力は、評価軸7つのうちの1つにすぎないということです。

なぜ「技術力=評価」という思い込みが生まれるのか

エンジニアリングという職種の性質上、技術力が最も可視化しやすい能力だからではないかと考えています。

コードレビューを見れば実装の質がわかります。技術選定の議論を聞けば知識の深さがわかります。GitHubのコントリビューションを見れば活動量がわかります。一方で、「チームメンバーの成長にどれだけ貢献したか」「顧客価値をどれだけ理解しているか」といった側面は、定量的に測りにくく、評価の対象として取り上げられにくいのです。

結果として、測りやすいものだけで評価が行われ、測りにくいけれど本質的に重要な貢献が見過ごされがちになります。Camille Fournierは著書『The Manager's Path』(2017年)の中で、エンジニアリングマネジメントのキャリアパスにおいて、技術的なスキルだけでなくメンタリングやリーダーシップといった多面的な能力の重要性を段階的に示しています。技術力だけの評価軸では、組織が真に必要としている貢献を正しく認識することが難しいのです。

ラダー設計の背景と哲学

このエンジニアリングラダーを設計するにあたり、出発点にしたのは一つのシンプルな問いでした。「エンジニアとして優秀とは、どういう状態を指すのか」

このとき、技術力だけを軸にすると、ある問題が起きます。組織にとって不可欠な貢献をしているエンジニアが、「技術力」という物差しでは適切に評価されないという問題です。

たとえば、プロジェクトを確実にデリバリーするエンジニア。顧客のペインを深く理解してプロダクトの方向性に影響を与えるエンジニア。採用活動に積極的に参加し、チームの成長に貢献するエンジニア。技術ブログを書いて組織のブランディングを高めるエンジニア。これらの貢献はすべて、組織にとって非常に大きな価値を持っています。しかし「技術力」という単一の物差しでは、これらを正当に評価できません。

だからこそ、エンジニアの仕事の全体像を捉える多面的な評価軸が必要だと考えました。

Spotifyが公開したホワイトペーパー(Henrik Kniberg & Anders Ivarsson, 2012年)では、自律的なスクワッド(小チーム)によるアジャイル開発が強調されています。こうした自律的なチームが機能するためには、個々のメンバーが技術以外の領域——コラボレーション、リーダーシップ、顧客理解——にも能力を持っていることが不可欠ではないでしょうか。自律的な組織を支える個人に求められる能力は、単一の軸では捉えきれないのです。

7つの評価軸 — エンジニアの仕事の全体像

このエンジニアリングラダーは、7つの評価軸 × 6段階のグレード(G1〜G6)で構成されています。ここでは、7つの軸それぞれについて、なぜその軸が必要なのか、組織にどのような影響を与えるのかを解説していきます。

1. 開発技術 — 実装スキル、ドメイン知識、内部品質、技術的負債、技術的意思決定

最初に挙げるのは、やはり技術力そのものです。実装スキル、ドメイン知識、内部品質への感度、技術的負債への対処、そして技術的意思決定の質。これらはエンジニアの基盤であり、他の6つの軸を支える土台です。

ただし、これは7軸の1つです。7分の1です。もっとも、7軸が均等に重要だと言っているわけではありません。グレードやキャリアの方向性によって重みは変わります。しかし、技術力「だけ」が評価のすべてではないという構造的なメッセージは、ラダーの設計思想として明確に込めています。

Will Larsonは著書『Staff Engineer』(2021年)の中で、Staff Engineerのアーキタイプとして「Tech Lead」「Architect」「Solver」「Right Hand」の4つを挙げています。いずれのアーキタイプも、純粋な技術力だけでなく、組織的な影響力やコラボレーション能力が不可欠とされています。シニアになればなるほど、技術力の比重は相対的に下がっていくのです。

2. 開発プロセス・プロジェクト管理 — プロジェクト管理、プロセス改善

優れたコードを書けるだけでは、プロダクトは届きません。それを計画的にデリバリーするプロセスとプロジェクト管理の能力が必要です。

この軸では、スケジュールの見積もりと管理、リスクの早期発見、ステークホルダーとの調整、そして開発プロセス自体の継続的な改善を評価します。

「エンジニアはコードを書くのが仕事」と思っているエンジニアは少なくありません。しかし実際には、コードを書いている時間よりも、何を作るか決める、どう作るか設計する、進捗を管理する、問題を早期に検知する——こういった活動に費やす時間のほうが多いのではないでしょうか。特にグレードが上がるにつれて、個人の実装よりもチーム全体のデリバリーに責任を持つ場面が増えていきます。

プロジェクト管理能力のないシニアエンジニアは、いくら技術力が高くても、チームのアウトプットを最大化することが難しい可能性があります。逆に、技術力は平均的でもプロジェクトを確実に前に進められるエンジニアは、組織にとって極めて価値の高い存在です。

3. 顧客価値・ビジネス — 顧客理解、ビジネス貢献

エンジニアが作っているものは、最終的に顧客に届くプロダクトです。顧客が誰で、何に困っていて、何を求めているのかを理解しているエンジニアと、仕様書通りに実装するだけのエンジニアでは、アウトプットの質が根本的に異なります。

顧客理解が深いエンジニアは、仕様書に書かれていない「行間」を読み取ることができます。「この仕様だとユーザーは混乱するかもしれません」「こういうエッジケースが実際のユーザー行動では頻繁に起きるはずです」——こうしたフィードバックは、プロダクトの品質を飛躍的に向上させます。

また、ビジネス貢献という観点では、技術的な判断がビジネスインパクトにどう繋がるかを理解していることが重要です。パフォーマンス改善がコンバージョン率にどう影響するか、技術的負債の返済がリリースサイクルの短縮にどう貢献するか。こうしたビジネスとの接続を意識できるエンジニアは、単なる「実装者」ではなく、プロダクトの共同オーナーとして機能します。

4. 開発コラボレーション — コミュニケーション、チームワーク

ソフトウェア開発は、ほぼ例外なくチームで行われます。一人で完結するプロダクトは存在しないと言ってもよいでしょう。コラボレーションの質が、チームのアウトプットの質を直接的に左右します。

この軸では、日常的なコミュニケーションの明瞭さ、レビューの建設性、他チームとの連携、異なる職種のメンバーとの協働を評価します。

Patrick Lencioniは著書『The Five Dysfunctions of a Team』(2002年)の中で、チームの機能不全の根底には「信頼の欠如」があると指摘しています。信頼は、日々のコミュニケーションとコラボレーションの積み重ねから生まれるものです。コードの品質がいくら高くても、レビューで攻撃的なコメントを残すエンジニアや、情報を共有しないエンジニアがチームに与えるダメージは非常に大きいです。

反対に、コラボレーションが優れたエンジニアは、チーム全体の生産性を引き上げる触媒のような存在になります。自分一人のアウトプットが100だとしても、5人のチームメンバーのアウトプットをそれぞれ20ずつ引き上げることができれば、組織へのインパクトはそちらのほうが大きい可能性があります。

5. リーダーシップ — 課題特定・解決、推進力

リーダーシップというと、マネージャーの専売特許だと思われがちです。しかし、ここでいうリーダーシップは役職としてのリーダーシップではなく、行動としてのリーダーシップを指しています。

課題を自ら見つけ、解決に向けて周囲を巻き込み、推進していく力。これは役職に関係なく、すべてのエンジニアに求められる能力です。

Will Larsonの Staff Engineerのアーキタイプでも、すべての類型に共通するのは「組織的な課題を見つけ、自ら動いて解決する」という行動パターンです。指示を待つのではなく、自ら課題を定義し、解決策を提案し、実行に移す。このプロアクティブな姿勢こそが、シニアエンジニアを単なる「ベテランプログラマー」から組織のリーダーへと昇華させるものではないでしょうか。

6. 採用・育成 — 採用活動、メンバー育成

組織は人で成り立っています。どれだけ優れたアーキテクチャを設計しても、それを維持・発展させる人材がいなければ意味がありません。

採用活動への参加は、シニアエンジニアにとって特に重要な貢献です。技術面接でのスキル評価、候補者体験の向上、技術ブランディングを通じた母集団形成。これらはすべて、組織の持続可能性に直結する活動です。

メンバー育成も同様です。コードレビューを通じた技術指導、ペアプログラミング、キャリア相談、暗黙知の言語化。シニアエンジニアが育成に投資した時間は、長期的には自身のコーディング時間よりもはるかに大きな組織的リターンを生む可能性があります。

Camille Fournierは『The Manager's Path』の中で、メンタリングを技術リーダーシップの最初の段階として位置づけています。個人の技術力を高めるフェーズを経て、他者の成長を支援するフェーズに移行することが、エンジニアとしてのキャリアの自然な発展であると述べています。育成は「余裕があればやること」ではなく、シニアエンジニアの本質的な職責だと考えています。

7. 情報発信・アウトプット — 社内外へのアウトプット

最後の軸は、情報発信です。技術ブログの執筆、カンファレンスでの登壇、社内勉強会の主催、ドキュメンテーションの整備。

これらの活動は、しばしば「本業ではない」と軽視されがちです。しかし、情報発信には少なくとも3つの大きな価値があります。

第一に、組織の技術ブランディングです。優秀なエンジニアを採用するためには、その組織がどんな技術課題に取り組み、どんなカルチャーを持っているかを外部に発信する必要があります。

第二に、知識の構造化です。アウトプットする行為そのものが、暗黙知を形式知に変換するプロセスです。野中郁次郎と竹内弘高が『知識創造企業』(1995年)で示したSECIモデルにおける「表出化」にあたります。書くことによって初めて、自分の知識が整理され、他者に伝達可能な形になるのです。

第三に、個人の成長の加速です。アウトプットすることで、自身の理解の浅い部分が明確になり、学びが深まります。発信は受信の何倍も学びがある、というのは多くのエンジニアが体感していることではないでしょうか。

7軸の構造が生むメッセージ

この7つの軸を並列に置くことで、ラダーは一つの強いメッセージを発しています。

「エンジニアの仕事は、コードを書くことだけではない」

このメッセージは、評価面談の場だけでなく、日常のあらゆる場面でエンジニアの行動に影響を与えます。プロジェクト管理を「面倒な雑務」ではなく「評価される貢献」として認識できるようになります。採用活動を「本業の邪魔」ではなく「組織への投資」として捉えられるようになります。

逆に言えば、評価軸が技術力だけで構成されていると、「コードを書いていないと評価されない」というメッセージを組織に発してしまいます。するとエンジニアは、プロジェクト管理や採用、育成にリソースを割くことに後ろめたさを感じるようになる可能性があります。評価制度は、組織の行動規範を規定するものだからです。

デザイナーラダーという拡張

エンジニアリングラダーと並行して、みてねデザイナーラダーも設計しました。

デザイナーラダーは、全社共通のグレード定義と事業部固有の専門領域の2層構造で構成されています。G1からG6の6段階で、エンジニアリングラダーと同様に積み上げ型を採用しました。

デザイナーラダーで特に意識したのは、キャリア志向に応じたカスタマイズの余地を残すことです。UIデザインに特化したいデザイナーもいれば、UXリサーチに軸足を移したいデザイナーもいます。あるいはデザインマネジメントに進みたい人もいるでしょう。単一のキャリアパスを強制するのではなく、個人の志向と組織のニーズを擦り合わせながら成長できる設計を目指しました。

このデザイナーラダーの存在も、後述する「超・T型人材化」と密接に関連しています。

AI時代の超・T型人材化 — 専門性だけでは不十分な理由

ここで、評価の話を少し広い文脈に接続させたいと思います。

「T型人材」という概念は、1980年代にMcKinsey & Companyで使われ始めたとされ、IDEOのCEOであったTim Brownがデザイン組織の文脈で広めたことで広く知られるようになりました。深い専門性(Tの縦棒)を持ちながら、隣接領域にも越境できる幅広さ(Tの横棒)を備えた人材像です。

僕はこれをさらに発展させた概念として「超・T型人材化」と呼んでいます。

AIの力によって、自身の専門分野だけに業務を閉じていると、必然的に時間的余裕が生まれてきます。AIコーディングツールを使えば実装のスピードは劇的に上がります。AIデザインツールを使えばプロトタイプの作成は格段に早くなります。この「余った時間」は、ミッションや目的のために業務範囲を広げる方向に使われるべきでしょう。

つまり、エンジニアがデザインの領域に越境する、デザイナーがビジネスの領域に越境する、といった動きが加速していく可能性が高いのです。

ここで重要なのは、評価軸も超・T型人材化に対応していなければならないという点です。

もし評価が「技術力」だけで構成されていたら、エンジニアが越境する動機は生まれません。「デザインの領域にも踏み込んだけど、評価には反映されない」という状態では、合理的な個人は越境をやめて、評価される技術力の向上に集中するでしょう。

7軸のラダーは、この問題に対する構造的な回答です。顧客理解、ビジネス貢献、コラボレーション——これらの軸があることで、越境した先での貢献も正当に評価されます。超・T型人材化を促進するためには、評価制度自体が多面的でなければならないのです。

ラダーと1on1の接続 — 評価を日常のマネジメントに落とし込む

ラダーは、半年に一度の評価面談だけで使うものではありません。日常のマネジメント、特に1on1との接続が極めて重要です。

1on1について、僕はこう考えています。うまくいっていないと感じても、とりあえず定期的にやっておくのがよいと。うまくいかない理由は、多くの場合、1on1というフォーマット自体にあるのではありません。相手や相手の業務、組織や事業、課題への関心が薄いという、本人たちの意識の問題であることが多いのです。

たとえば、特定のトピックだけに焦点を当てて、毎回「特にありません」で1on1が終了してしまうケース。これは1on1の設計というよりも、対話の幅が狭すぎることが原因ではないでしょうか。こういう場合は、とにかく話題を広げて新しい可能性を模索するほうがよいと考えています。

ここで7軸のラダーが活きてきます。1on1の話題が技術の話だけで終わっているなら、プロジェクト管理の軸について話してみる。コラボレーションの軸で、他チームとの関係について聞いてみる。育成の軸で、ジュニアメンバーの成長をどうサポートしているか議論してみる。

ラダーの7軸は、1on1の「話題のフレームワーク」としても機能するのです。

最終的に1on1で確認すべきことは、個人やチームの目標に向かって計画的に進捗できているか、障害があるか、協力ができるかということです。この目標とラダーの7軸を紐づけておくことで、日常のマネジメントと評価が一貫した体系として機能し始めます。

「目標の時間軸を変える」というテクニック

1on1のもう一つの重要なテクニックがあります。目標の時間軸を変えることです。

多くの1on1は、直近の業務——今週のタスク、来週のリリース、現在のプロジェクトの進捗——に焦点が当たりがちです。もちろんこれは重要ですが、それだけでは長期的な成長やキャリア形成の議論が不足します。

意識的に時間軸を変えてみることをお勧めします。

短期(1〜3ヶ月): 現在のプロジェクトの目標に対する進捗。目の前の課題と打ち手。

中期(半年〜1年): ラダーの次のグレードに到達するために必要な成長。現在の評価軸のどこに伸びしろがあるか。

長期(2〜3年): キャリアの方向性。マネジメントに進むのか、ICとして専門性を深めるのか。あるいは超・T型人材として越境するのか。

コンピテンシー軸: ラダーの7軸それぞれについて、現在地と目標地点のギャップ。

事業目標軸: 事業の成長に対して、自分がどう貢献できるか。プロダクトのロードマップと自身の成長計画をどう接続するか。

時間軸を変えるだけで、同じ人との1on1がまったく異なる対話になります。短期の話ばかりしていた人と3年後の話をすると、「実は将来的にはマネジメントにも興味がある」といった新しい発見が生まれることは珍しくありません。

こうした対話の蓄積が、ラダーの各軸における成長の解像度を上げ、半年後の評価をより納得感のあるものにしていくのです。

採用とラダーの一貫性

補足として、採用の話にも触れておきたいと思います。

僕が採用面接で見ている項目は、大きく6つあります。人柄、プロダクト愛、自発的コミュニケーション、リーダーシップ、視野の広さ、頭の回転の速さ。

これらをラダーの7軸と対応させると、かなりの部分が重なっていることに気づきます。

  • 人柄 → 開発コラボレーション(コミュニケーション、チームワーク)
  • プロダクト愛 → 顧客価値・ビジネス(顧客理解、ビジネス貢献)
  • 自発的コミュニケーション → 開発コラボレーション、情報発信・アウトプット
  • リーダーシップ → リーダーシップ(課題特定・解決、推進力)
  • 視野の広さ → 複数の軸にまたがる横断的な視点
  • 頭の回転の速さ → 開発技術(技術的意思決定)、開発プロセス・プロジェクト管理

つまり、採用の段階から「技術力だけではない」多面的な評価を行い、入社後のラダーでもその哲学を一貫させているということです。採用基準と評価基準が乖離していると、「入社したときに期待されていたことと、評価されることが違う」というギャップが生まれます。この一貫性は、組織の信頼性を支える重要な要素ではないでしょうか。

積み上げ型の設計思想

このラダーは、G1からG6までの積み上げ型で設計されています。これは「G3ができることは、G4もできる」という前提に立っているということです。

なぜ積み上げ型にしたのか。それは、グレードが上がるにつれて「やらなくてよくなること」はないからです。G4になったからといってコードを書かなくてよくなるわけではありません。G5になったからといってチームメンバーとのコミュニケーションが不要になるわけではありません。

むしろ、グレードが上がるにつれて、すべての軸で求められるレベルが上がるのです。G1では自分のタスクを完遂することが求められ、G3ではチーム全体の成果に責任を持つことが求められ、G5以上ではプロダクトや組織全体への影響が求められます。スコープが広がりながら、すべての軸のレベルが底上げされていく。これが積み上げ型の本質です。

ラダーは「地図」であって「答え」ではない

最後に、ラダーの限界についても触れておきたいと思います。

ラダーは完璧な評価ツールではありません。7つの軸を定義しても、それぞれの軸の中での具体的な判断には、評価者の解釈が必ず入ります。同じ「コミュニケーション能力が高い」でも、評価者によって基準が異なることは避けられません。

しかし、ラダーがない状態に比べれば、共通言語としてのフレームワークがあることの価値はとても大きいと感じています。「あの人は技術力が高い」としか言えなかった組織が、「あの人は開発技術は高いが、顧客価値・ビジネスの軸では成長の余地がある」と具体的に語れるようになります。

ラダーは地図です。地図は現実の完璧なコピーではありませんが、地図がなければ目的地にたどり着くことは困難でしょう。ラダーがあることで、エンジニア本人も、マネージャーも、組織全体も、「どこにいて、どこに向かうべきか」を議論するための共通の土台を持つことができるのです。

おわりに — 評価制度は組織のメッセージである

エンジニアの評価に「技術力」は7分の1でしかありません。

この言い方は、もしかすると技術力を軽視しているように聞こえるかもしれません。しかし意図は正反対です。技術力を大切にしているからこそ、技術力だけに評価を押し込めるのは危険だと考えているのです。

技術力だけで評価される組織では、コラボレーションやリーダーシップ、育成に時間を使うことが「損」になります。結果として、高い技術力を持ったエンジニアが孤立し、チームは分断され、組織は脆くなっていきます。

7つの軸で評価される組織では、エンジニアは自らの成長の方向性を多面的に選ぶことができます。技術を極める道も、マネジメントに進む道も、越境して新しい領域を開拓する道も、等しく「価値ある成長」として認められます。

評価制度は、単なる人事ツールではありません。「この組織はエンジニアに何を期待し、何を価値とするか」というメッセージそのものです。

7つの軸が示しているのは、技術力を起点にしながらも、プロジェクトを動かし、顧客に向き合い、仲間と協力し、課題を解決し、人を育て、知見を発信する——そういったエンジニアの仕事の「全体像」への敬意なのだと思います。


参考文献: - Will Larson, Staff Engineer: Leadership beyond the management track, self-published, 2021 - Camille Fournier, The Manager's Path: A Guide for Tech Leaders Navigating Growth and Change, O'Reilly Media, 2017 - Patrick Lencioni, The Five Dysfunctions of a Team: A Leadership Fable, Jossey-Bass, 2002 - 野中郁次郎, 竹内弘高, The Knowledge-Creating Company: How Japanese Companies Create the Dynamics of Innovation(知識創造企業), Oxford University Press, 1995 - Henrik Kniberg & Anders Ivarsson, Scaling Agile @ Spotify with Tribes, Squads, Chapters & Guilds, 2012

最終面接で僕が見ている6つのこと — 採用からリーダー育成までの一気通貫

最終面接で技術力を見ません。

こう言うと驚かれることがあります。エンジニアリング組織のトップが最終面接を担当するなら、技術的な深掘りをするのが当然ではないかと。アーキテクチャの設計判断について議論したり、システムデザインの問題を出したりするのが普通ではないかと。

もちろん、技術力の評価は極めて重要です。しかしそれは、選考プロセスの中で技術面接という専用のステップを設けて、そこでしっかり見ればいい話です。現場のエンジニアやテックリードが、候補者の技術力を正確に評価できる場が別にあります。

では、僕が担当する最終面接では何を見ているのか。それは、技術力以外のすべてです。もう少し正確に言えば、「この人が組織に入ったとき、組織全体にどんな影響を与えるか」を見ています。

そしてこの採用基準は、そのままリーダー育成の基準にもなっています。採用と育成が別々の軸で動いている組織をよく見かけますが、僕はこの二つを一気通貫で捉えるべきだと考えています。

6つの評価軸

僕が最終面接で見ているのは、以下の6つです。

  1. 人柄
  2. プロダクト愛
  3. 自発的コミュニケーション
  4. リーダーシップ
  5. 視野の広さ
  6. 頭の回転の速さ

一つずつ、なぜそれが重要なのかを説明していきます。

1. 人柄 — 組織コミュニケーションを活性化させる鍵

最初に挙げるのが人柄です。これは感覚的な話ではなく、組織の生産性に直結する要素だと考えています。

Patrick Lencioniは著書『The Five Dysfunctions of a Team』(2002年)の中で、チームが機能不全に陥る最も根本的な原因は「信頼の欠如(Absence of Trust)」だと指摘しています。そしてその信頼は、メンバー同士が自分の弱さをさらけ出せる心理的安全性の上に成り立つものです。

人柄が良い人は、この心理的安全性を自然と醸成してくれます。周囲が安心して発言でき、失敗を共有でき、率直なフィードバックを交わせる空気をつくってくれるのです。

逆に、どれほど技術力が高くても、周囲が萎縮するような振る舞いをする人が一人いるだけで、チーム全体のコミュニケーションが停滞する可能性があります。発言が減り、情報共有が滞り、問題が隠蔽される。技術力の高い一人が生み出す成果より、組織全体のコミュニケーション停滞が生む損失のほうが遥かに大きいのではないでしょうか。

面接では、候補者の話し方、聞き方、質問への向き合い方を注意深く観察しています。答えの内容そのものよりも、「この人と一緒に働きたいと思えるか」「この人がチームに入ったら、周囲のコミュニケーションはどう変わるか」を想像しながら対話しています。

2. プロダクト愛 — 長期的ミッションを追いかける源泉

二つ目はプロダクト愛です。

僕が目指しているのは、専門家集団ではなくプロダクト思考な組織カルチャーです。エンジニアがコードを書くことだけに関心があり、プロダクトの成功に無関心だとしたら、それは組織として健全とは言えないかもしれません。

プロダクト愛は、長期的なリテンションにも直結します。給与や待遇で入社した人は、より良い条件を提示されれば離れていく可能性があります。しかし、プロダクトのミッションに共感し、そのプロダクトを世の中に届けたいという想いを持って入社した人は、簡単には離れません。

Googleが2008年に開始した社内研究プロジェクトProject Oxygen(Googleの優れたマネージャーに共通する行動特性を分析したもので、2011年にThe New York Timesの記事で広く知られるようになった)の知見の中でも、優れたマネージャーの特徴として「チームのためのビジョンと戦略を持っている」ことが挙げられています。これは個々のメンバーについても同様で、プロダクトに対するビジョンや想いを持っている人こそが、組織を長期的に牽引してくれる存在になるのではないかと考えています。

面接では、候補者が僕たちのプロダクトについてどれだけ調べてきているか、どんな改善アイデアを持っているか、プロダクトの先にいるユーザーへの関心がどの程度あるかを探っています。事前準備の量はそのままプロダクトへの関心度を示してくれることが多いです。

3. 自発的コミュニケーション — チームワークにおける自律性の鍵

三つ目は自発的コミュニケーションです。

自律的なチームをつくるために最も必要な個人の資質は何かと問われたら、僕は「自発的にコミュニケーションを取れること」と答えるかもしれません。

アジャイル開発のプラクティスの多くは、この自発的コミュニケーションを前提として設計されています。デイリースクラムでメンバーが自ら状況を共有する。ふりかえりでメンバーが自ら課題を挙げる。ペアプログラミングで自ら質問し、自ら提案する。

指示を待つのではなく、自分から情報を取りに行ける人。困ったときに自分から助けを求められる人。気づいたことを自分から発信できる人。こうした一人ひとりの自発性が、チーム全体の自律性を支えているのです。

Amy C. Edmondsonはハーバード・ビジネス・スクールでの研究を通じて、心理的安全性の高いチームでは、メンバーが自発的にリスクのある発言(質問、懸念の表明、アイデアの提案)を行うことで、チームの学習と成果が向上することを示しています(Edmondson, 1999)。自発的コミュニケーションは、単なる性格の問題ではなく、チームのパフォーマンスに直結する行動特性なのです。

面接では、候補者が質問を待つだけなのか、自分から話題を広げようとするのかを見ています。また、過去の経験を語る中で、「自分から動いた」エピソードがどれだけ出てくるかにも注目しています。

4. リーダーシップ — 不確実かつ困難な状況での組織推進力

四つ目はリーダーシップです。

ここで言うリーダーシップは、肩書きとしてのリーダーの話ではありません。職位や役割に関係なく、困難な状況で周囲を巻き込み、前に進める力のことです。

Jim Collinsは著書『Good to Great』(2001年)の中で、偉大な企業への飛躍を率いた「レベル5リーダー」の特徴として、個人としての謙虚さと職業人としての意志の強さという二つの矛盾するような資質の共存を挙げています。カリスマ性や自己主張の強さではなく、静かな決意と揺るぎない意志こそが、組織を偉大にするリーダーシップの本質だというのです。

僕がメンバー全員にリーダーシップを求めるのは、組織が不確実な状況に直面したとき、リーダーシップを持つ人が多ければ多いほど、組織全体の推進力が高まると考えているからです。プロジェクトが暗礁に乗り上げたとき、誰かの指示を待つのではなく、自分にできることを考え、周囲と連携して動ける人。そういう人が組織の各所にいることが、組織のレジリエンスを高めてくれるのではないでしょうか。

面接では、過去に直面した困難な状況と、そのときどう行動したかを聞いています。結果の成否よりも、困難に対してどういうスタンスで向き合ったか、周囲をどう巻き込んだかに注目しています。

5. 視野の広さ — 全体最適の視点を補強してくれる存在

五つ目は視野の広さです。

組織が大きくなると、部分最適と全体最適のせめぎ合いが日常的に発生します。自分のチームの利益を最大化しようとする動きが、他のチームや組織全体にとってはマイナスになるという場面は珍しくありません。

視野の広い人は、自分のチームだけでなく、隣のチーム、プロダクト全体、さらにはユーザーや市場まで見渡した上で判断できます。この視点を持つ人が組織の各所にいると、全体最適に向けた自浄作用が働きやすくなると感じています。

Peter Sengeは著書『The Fifth Discipline』(1990年)の中で、「システム思考(Systems Thinking)」の重要性を強調しています。組織を構成する各要素を個別に見るのではなく、相互の関係性やフィードバックループを含めた全体像として捉える思考法です。視野の広さとは、まさにこのシステム思考を個人レベルで実践できる資質ではないでしょうか。

僕が採用の基準として視野の広さを特に重視しているのには、もう一つ理由があります。それは、リーダー育成と直結するからです。後述しますが、リーダーに求められる最も重要な資質の一つが、高い視座で全体最適の視点を持つことです。採用の段階で視野の広い人を迎え入れることは、将来のリーダー候補を確保することでもあるのです。

面接では、過去の意思決定について「なぜその判断をしたのか」を深掘りしています。自分のチームの都合だけでなく、組織全体やユーザーへの影響まで考慮した上での判断だったかどうか。その思考のスコープの広さが、視野の広さを如実に表してくれます。

6. 頭の回転の速さ — 業務スピードと会議の質

最後に、頭の回転の速さです。

これは知識量の多さとは異なります。新しい情報を素早く構造化し、本質を見抜き、適切なアウトプットにつなげる認知的な処理速度のことです。

頭の回転が速い人がいると、会議の質が劇的に変わります。論点が拡散しかけたときに本質に引き戻してくれる。抽象的な議論を具体的な例で補強してくれる。複数の選択肢のトレードオフを瞬時に整理してくれる。こうした一人ひとりの認知処理の速さが、組織全体の意思決定スピードを底上げしてくれると感じています。

Daniel Kahnemanは著書『Thinking, Fast and Slow』(2011年)の中で、人間の思考をシステム1(速い、直感的)とシステム2(遅い、論理的)に分類しています。頭の回転の速さとは、システム1の直感力とシステム2の論理力の両方を高い水準で行き来できる力のことだと僕は解釈しています。

面接では、予期しない角度からの質問に対して候補者がどう反応するかを見ています。「正解」があるかどうかは重要ではありません。問いを受け取り、構造化し、自分なりの考えを組み立てるまでのプロセスの速さと質に注目しています。

「絶対に採る」と思う瞬間

6つの評価軸を述べてきましたが、面接の中で「この人は絶対に採りたい」と思う瞬間があります。

それは、候補者が発する言葉の節々に、僕自身の考えや理念との一致を感じたときです。

特にマネージャー候補の場合、「組織はこのためにこうあるべき」という考え方、アジャイルなチームに関する知識や経験がドンピシャで合っていること。そして人柄を含めた総合的な評価が高いこと。こうした条件が揃うと、迷いなく「採る」と決めます。

そして興味深いことに、僕がそう感じた候補者は、現場メンバーとの面接でもとても高い評価を得ていることがほとんどです。これは偶然ではないと思っています。組織の理念やカルチャーに合致した人は、最終面接官だけでなく、現場のメンバーにとっても「一緒に働きたい」と思える存在なのでしょう。

Lencioniは『The Ideal Team Player』(2016年)の中で、理想的なチームプレイヤーの資質としてHumble(謙虚)、Hungry(貪欲)、Smart(賢い)の3つを挙げています。ここでいうSmartとは知的能力ではなく、対人関係における賢さ——つまり人柄やコミュニケーション能力に近い概念です。組織のカルチャーに合う人とは、こうした複合的な資質が高い水準で備わっている人のことを指すのかもしれません。

採用基準=リーダー育成基準という一気通貫

ここまで述べてきた6つの採用基準は、実はそのままリーダー育成の基準でもあります。

人柄、プロダクト愛、自発的コミュニケーション、リーダーシップ、視野の広さ、頭の回転の速さ。これらは、入社時に評価するだけの項目ではありません。入社後も継続的に磨き続けるべき資質であり、リーダーとして成長していくための土台でもあるのです。

採用基準と育成基準がバラバラな組織では、入社時に評価されたことと、入社後に求められることの間にギャップが生まれます。「面接ではこう言われて入ったのに、実際に求められることが違う」という不満は、リテンションにも悪影響を与えかねません。

一方、採用基準と育成基準が一気通貫でつながっていると、入社の瞬間からリーダーへの道が明確に見えます。「あなたがこの6つの資質を高め続ければ、自然とリーダーとして認められるようになる」と伝えられる。これは、キャリアパスの透明性という意味でも非常に大きい価値があるのではないでしょうか。

この6つの資質は、基本的に周りから信用されるために必要な項目だと考えています。だからこそ、採用でもリーダー育成でも同じ基準が機能するのです。信用される人材を採用し、信用される人材に育てる。そのフレームワークが一貫しているからこそ、組織のカルチャーに一本の筋が通るのではないでしょうか。

リーダーに追加で必要な3つの資質

6つの基本項目に加えて、リーダーとしてさらに上のレベルを目指すためには、追加で3つの資質が必要になると考えています。

勇気

大きな組織に大きな影響のある変革をする場合、絶対に不確実なことがつきまといます。

「現状維持よりもこの変革のほうが良くなる」と確信していても、それを証明するデータは不十分なことがほとんどです。社外で成功している事例は見つかりません。むしろ失敗している事例のほうが目につきます。周囲からは賛否の声が上がります。信頼している部下や同僚からも不安の声が出てきます。

そんな状況で前に進めるために必要なのは、勇気しかないのです。

「現状維持よりはこの変革のほうが絶対に良くなるから変革する」——この強い意思を持ち続ける勇気は、大きな組織、大きな変革になればなるほど必要になってきます。

僕自身、組織変革を推進する中で何度もこの場面に直面してきました。前例のない変革に対して反対の声が上がるのは自然なことです。それでも、自分が描いている未来の方向性を信じて前に進む。その覚悟がなければ、リーダーは務まらないのではないかと考えています。

Brene Brownは著書『Dare to Lead』(2018年)の中で、勇気あるリーダーシップの本質は「脆弱性(vulnerability)を受け入れる力」にあると論じています。不確実な状況で決断を下すということは、自分が間違っているかもしれないというリスクを引き受けるということです。その脆弱性から逃げずに向き合える力こそが、リーダーの勇気なのだと思います。

不確実や逆境への耐性

勇気と密接に関連しますが、不確実性や逆境に対する耐性もリーダーには欠かせない資質です。

勇気を持って変革を始めたとしても、その道のりは平坦ではありません。想定外の問題が次々と発生し、計画は何度も修正を迫られ、成果が見えない期間が長く続くこともあります。その間、周囲からの視線は厳しくなるかもしれません。

Angela Duckworthは著書『Grit: The Power of Passion and Perseverance』(2016年)の中で、長期的な目標に対する情熱と忍耐力の組み合わせ——いわゆるGrit——が、才能以上に成果を予測する因子であることを示しています。リーダーにとっての逆境耐性とは、まさにこのGritに近い概念ではないでしょうか。

短期的な結果に一喜一憂するのではなく、長期的なビジョンに向かって粘り強く進み続ける。途中で心が折れそうになっても、チームを鼓舞し、自分自身を奮い立たせ、前進し続ける。この耐性がなければ、大きな変革を成し遂げることは難しいと感じています。

健康管理

三つ目は健康管理です。これを挙げると意外に思われるかもしれませんが、僕はリーダーの資質として極めて重要だと考えています。

リーダーの仕事は、長期間にわたって高い認知負荷と感情労働が続くものです。戦略を考え、人の話を聞き、困難な意思決定を下し、時に矢面に立つ。これを持続的に遂行するためには、心身の健康が土台として整っていなければなりません。

どれほど優れた判断力を持つリーダーでも、睡眠不足や過労の状態では正しい判断ができなくなります。感情のコントロールが効かなくなり、対人関係にも悪影響が出かねません。リーダー個人のコンディションの乱れは、組織全体に波及する可能性があるのです。

健康管理を「自己管理能力」の一環として捉えるならば、これはリーダーとしての信頼性にも関わってきます。自分自身を適切にマネジメントできない人が、チームや組織をマネジメントできるだろうかという問いです。

勇気が試された場面

勇気について少し具体的な話をしたいと思います。

僕がこれまでのキャリアで経験した中で、勇気が最も試されたのは、大きな組織に対して前例のない変革を推進した場面でした。

変革の必要性は確信していました。現状のままでは組織は停滞し、プロダクトの競争力も失われていく。変革すれば、チームはより自律的になり、プロダクトの品質もスピードも向上する。頭の中では、こうすればうまくいくはずだという仮説はありました。

しかし現実は、想像以上に厳しいものでした。

周囲からは賛否両論の声が上がりました。「本当にうまくいくのか」「リスクが大きすぎないか」。信頼している部下や同僚からも不安の声が出てきました。社外で同じような変革に成功した事例は見つかりません。失敗している事例ならいくらでも見つかります。

データで完全に正しさを証明することはできません。前例がないのだから当然です。最後に頼れるのは、自分自身の確信と、前に進む勇気だけでした。

この経験から学んだことがあります。リーダーの勇気とは、恐怖がない状態のことではありません。恐怖を感じながらも前に進む決断をすることです。不安がないわけではなく、不安と共存しながら進む力です。

そしてもう一つ。信頼の土台がなければ、勇気だけでは変革は成し遂げられないということです。以前の記事で書いたシリコンバレーでの経験——「文句を言う人」から信頼を再獲得した経験——がなければ、僕はこの変革を推進できなかったかもしれません。勇気は、信頼という土台の上に立って初めて力を発揮するものだと考えています。

採用がすべての出発点

ここまで、採用で見ている6つのこと、そしてリーダーに追加で必要な3つの資質について述べてきました。

最後に強調したいのは、採用がすべての出発点であるということです。

どれほど優れた育成プログラムを用意しても、そもそも育成の土台となる資質を持った人が組織にいなければ機能しません。人柄、プロダクト愛、自発的コミュニケーション、リーダーシップ、視野の広さ、頭の回転の速さ——これらの土台を採用の段階で見極め、その上に勇気や逆境耐性、健康管理という追加の資質を育てていく。

この一気通貫の設計があるからこそ、組織は持続的に強くなっていけるのではないでしょうか。

採用面接は、候補者を評価する場であると同時に、組織の未来を設計する場でもあります。目の前の人が、3年後、5年後にどんなリーダーになっているか。その可能性を見極めること。それが、最終面接で僕が本当にやっていることなのかもしれません。


参考文献

  • Patrick Lencioni (2002) The Five Dysfunctions of a Team: A Leadership Fable Jossey-Bass
  • Patrick Lencioni (2016) The Ideal Team Player: How to Recognize and Cultivate the Three Essential Virtues Jossey-Bass
  • Google re:Work — Project Oxygen (2008-) / Adam Bryant, "Google's Quest to Build a Better Boss" The New York Times, 2011
  • Jim Collins (2001) Good to Great: Why Some Companies Make the Leap... and Others Don't HarperBusiness
  • Peter Senge (1990) The Fifth Discipline: The Art and Practice of the Learning Organization Doubleday
  • Amy C. Edmondson (1999) "Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams" Administrative Science Quarterly, Vol. 44, No. 2
  • Daniel Kahneman (2011) Thinking, Fast and Slow Farrar, Straus and Giroux
  • Brene Brown (2018) Dare to Lead: Brave Work. Tough Conversations. Whole Hearts. Random House
  • Angela Duckworth (2016) Grit: The Power of Passion and Perseverance Scribner

組織は10人で最初の壁にぶつかる — スケーリングと透明性の方程式

「うちの組織、最近なんかうまく回らなくなってきたんですよね」

経営者やマネージャーからこの相談を受けたとき、僕が最初に確認するのは「今、何人ですか?」という質問です。人数を聞くと、ある程度の課題の仮説を立てることができます。

実際にカジュアル面談で組織の人数と職種構成、組織構造、事業フェーズ、開発プロセスを聞いただけで、課題の仮説がかなり的中したことがあります。

なぜそんなことが可能なのか。組織のスケーリングには、驚くほど共通のパターンがあるからです。

組織の壁には理論的な根拠がある

人類学者のRobin Dunbarは1992年の論文で、霊長類の新皮質の大きさと集団サイズの相関から、ヒトの安定した社会集団の上限を約150人と予測しました。いわゆる「ダンバー数」です。

さらに興味深いのは、Dunbarが示した社会的関係の階層構造です。5人(最親密な仲間)→ 15人(親友)→ 50人(友人)→ 150人(意味のある関係を維持できる上限)。この5, 15, 50, 150という数列は、組織の「壁」が現れるタイミングと驚くほど一致しています。

また、Larry E. Greinerが1972年にHarvard Business Reviewで発表した「成長モデル」では、組織は成長段階ごとに特有の「危機」に直面するとされています。創造性の段階ではリーダーシップの危機が、指揮の段階では自律性の危機が訪れます。

これらの理論的背景を踏まえた上で、僕が実際に観察してきた「壁」を具体的に説明していきます。

10人の壁 — 階層の誕生と自律性の喪失

最初の壁は、10人を超えたあたりでやってきます。

1933年にV.A. Graicunasが示したように、上司と部下の関係は部下の数が算術的に増えるだけで、関係の複雑さは幾何級数的に増大します。一人のリーダーが全員を直接マネジメントする「スパン・オブ・コントロール」には限界があり、必然的に組織に階層が生まれます。

階層が生まれると、各階層ごとにコミュニケーションが発生します。ここで意識的に透明性を確保しない限り、組織内に情報格差が生まれてしまう可能性が高いです。

情報格差が生まれるとどうなるか。メンバーは自律的に業務を進めることが難しくなります。判断に必要な背景情報がないので、情報を持っている人に聞くか、指示されるのを待つしかありません。こうして、自律的なカルチャーが徐々に消えていく傾向があります。

スタートアップのあの熱量——全員が同じ方向を向いて、指示がなくても自分で判断して動ける空気感——は、放っておくと10人を超えた時点で静かに失われ始めるかもしれません。「昔はもっとスピード感があったのに」という声は、ほぼ例外なくこのフェーズで聞こえてきます。

30人の壁 — 情報爆発と「どこに何があるかわからない」問題

30人程度まで成長すると、10人の壁の教訓を活かして透明性を意識していたとしても、新たな問題が発生します。情報爆発です。

George A. Millerが1956年の有名な論文で示したように、人間の短期記憶の処理容量には「7±2」という限界があります。組織が多様になり情報量が爆発的に増えると、個人の認知能力では処理しきれなくなるのです。 たとえば電話番号の090-1234-5678を覚えるとき、私たちは11桁の数字を1個ずつ覚えるのではなく、09012345678という3つのかたまりとして認識します。それが7±2という限界の中でうまく処理するための、脳の自然な働きです。 組織が多様になり情報量が爆発的に増えると、個人の認知能力では処理しきれなくなるのです。

わかりやすい例がSlackです。チャンネルが全然追えなくなってきて、整理が始まります。しかし、明確なポリシーを持った命名ルールがない限り、何のチャンネルかわからなくなりがちです。#proj-alpha#team-alpha#alpha-devの違いは? 情報はたくさんあるのに、どこにどの情報があるかわからない状態に陥りやすくなります。

Eppler & Mengisの研究(2004年)でも、組織における情報過負荷は原因→症状→対策→原因というサイクルを形成することが示されています。情報を増やせば透明性が上がるという単純な話ではなく、情報の構造化と検索性が同時に求められるのです。

結果として、メンバーはさらに自律的に動くことが難しくなり、レポートラインとのコミュニケーションに頼らざるを得なくなる傾向があります。情報がオープンであることと、情報が見つけられることは、全く別の問題なのです。前者は文化の問題、後者は設計の問題。30人の壁は、文化だけでは超えられない、仕組みの設計が必要な壁だと考えています。

50人の壁 — 距離と信用のジレンマ

50人を超えると、スパン・オブ・コントロールの観点で組織の階層がさらに一段深くなります。部長、マネージャー、スタッフのような三層構造です。

ここで新しい課題が二つ生まれる可能性があります。

一つ目は分業の設計です。組織のトップは広い範囲の抽象的な業務——戦略、計画、方針——を担い、末端は具体的な業務——タスク、実装、運用——を担います。この抽象と具体の分業を極めなければ、組織は円滑に回りません。Greinerの成長モデルでいう「委譲の段階におけるコントロールの危機」に相当するでしょう。

二つ目は距離の問題です。部長とスタッフでは物理的にも心理的にも距離が遠くなります。普段全然会わない、パーソナリティもわからない人が「納得感のない戦略を押しつけてくる」という印象が生まれやすくなりかねません。

つまり、50人の壁の本質は信用のジレンマではないかと考えています。組織のトップが現場の信用を得るための振る舞いが、10人のときとは全く異なるものになります。全員と1on1ができた頃の距離感はもう戻ってきません。仕組みとして信用を構築する必要が出てくるのです。

100〜300人の壁 — パターンは再帰的に繰り返される

100人、200人、300人とさらに階層が深くなりますが、課題の傾向は本質的に同じです。スパン・オブ・コントロールの限界、情報格差の拡大、自律性の低下、信用の希薄化。スケールが変わるだけで、構造的に同じ問題が再帰的に現れます。

だからこそ、「何人ですか?」と聞くだけで課題が予測できるのです。Dunbarの階層(5→15→50→150)やGreinerの成長モデルが示すように、組織の壁は人間の認知能力と社会的関係の本質的な限界に根ざしています。

処方箋としての透明性 — 3つのフェーズ

これらすべての壁に共通する処方箋があると考えています。透明性です。

Ken SchwaberとJeff Sutherlandが定義したスクラムの三本柱は「透明性・検査・適応」です(Scrum Guide, 2020年版)。透明性がなければ正しい検査ができません。正しい検査がなければ正しい適応ができません。透明性はすべての出発点であり、自律的な組織の土台ではないでしょうか。

僕は透明性を3つのフェーズで段階的に進化させるアプローチを取っています。

フェーズ1:オープンに発信するカルチャーの醸成。 まずは発信のハードルを極限まで下げます。気軽にアウトプットできる場をつくり、日常的な発信が自然に行われるカルチャーを醸成します。

フェーズ2:情報の構造化。 発信量が増えると「情報が多すぎて見つけられない」という30人の壁が顕在化します。ここで組織構造と情報構造を対応させ、階層的に整理します。

フェーズ3:集約・メッセージング・自動化。 50人を超えると構造化だけでは追いつかなくなる可能性があります。ここでAIの力を借ります。投稿の要約をAIが自動生成し、日次で更新記事一覧を配信する。ナレッジベース全体をAIが理解した上で質問に答えてくれるQ&A機能を活用する。必要な情報が向こうからやってくる状態をつくるのです。

誰も課題を提示してくれない

最後に、組織のトップが最も気をつけるべきことを一つ伝えたいと思います。

それは、組織のトップには、誰も課題を提示してくれないということです。

もちろん、現場のメンバーや部下から課題が上がってくることはあります。しかしトップの仕事は、それをそのまま受け取ることではありません。複数の現場や組織全体を考慮した上でバランスを取り、戦略的に優先順位をつけ、解決の方向性を定義する——それがトップの役割です。部下から挙がってきた課題をそのまま使うことはできず、トップ自身が自分の頭で考え、本質的な課題と解決案を定義(または意思決定)する必要があります。その責任を担ってくれる人は、誰もいないのです。

さらに厄介なのは、もう一つの落とし穴です。現場からの課題に対する共感力が、徐々に衰えていくという問題です。現場から距離が離れるほど、日常業務の実感が薄れます。「そんな細かいことが課題なのか」という感覚が生まれ始めたとしたら、それはトップ自身が組織の実態から乖離し始めているサインかもしれません。

本業で組織のリーダーをやっていると、本当にどっぷりハマって社外のことが見えづらくなります。そして社内でも、普段見ている状態に慣れすぎて、それが課題であるという認識すらできなくなる可能性があります。

壁のパターンは決まっています。知っていれば備えられます。備えていれば乗り越えられる可能性が高まります。次の壁がいつ来るかを意識し、先手を打っていくこと。それが、スケーリングを乗り越えるための最も確実なアプローチではないかと考えています。


参考文献

  • Robin I. M. Dunbar (1992) "Neocortex size as a constraint on group size in primates" Journal of Human Evolution, Vol. 22
  • Robin Dunbar (2010) How Many Friends Does One Person Need? Faber and Faber
  • V.A. Graicunas (1933) "Relationship in Organization" Bulletin of the International Management Institute, Vol. 7
  • Larry E. Greiner (1972/1998) "Evolution and Revolution as Organizations Grow" Harvard Business Review
  • George A. Miller (1956) "The Magical Number Seven, Plus or Minus Two" Psychological Review, Vol. 63, No. 2
  • Martin J. Eppler & Jeanne Mengis (2004) "The Concept of Information Overload" The Information Society, Vol. 20, No. 5
  • Ken Schwaber & Jeff Sutherland (2020) The Scrum Guide scrumguides.org

シリコンバレーで信頼を失った話 — 「文句を言う人」から昇格まで

リーダーシップについて語るとき、成功体験は聞こえがいいものです。でも本当に人の心に刺さるのは、失敗の話ではないでしょうか。

今回は、僕がシリコンバレーのスタートアップで「信頼を失った」話をしたいと思います。そしてそこから学んだ、リーダーシップの本質について。

入社時は順風満帆だった

そのスタートアップに入社したのは、会社の規模がまだ数名程度、シードラウンドの直前でした。

エンジニアとしての仕事はもちろん、日本で培ったアジャイルの知見を活かして、チームの開発プロセスの改善に取り組みました。スクラムの導入、タスク管理の仕組み化、レトロスペクティブの運用——当時のメンバーは誰もアジャイル開発の経験がなかったので、僕が持ち込んだプラクティスは新鮮だったようですし、幸いなことに、チームの生産性にも良い影響があったような感覚はありました。

当時はありがたいことに、周囲からも認めてもらえていました。仕事は楽しかったですし、手応えも感じていました。

転機はシリーズAだった

シリーズAの資金調達を経て、会社の人数が一気に増えました。組織に階層が生まれました。

僕は相変わらず現場のエンジニアとして働いていましたが、問題が見え始めました。上層部からの情報の欠落が激しくなってきたのです。なぜその技術スタックを選んだのか。なぜそのプロダクト方針になったのか。意思決定のプロセスが不透明で、決定事項だけが降りてきます。

これは組織のスケーリングで典型的に起きる問題です。10人を超えたあたりで階層が生まれ、情報格差が発生します。数名の頃は全員が同じ情報を持ち、全員が意思決定に関与していました。それが突然、見えなくなったのです。

当時の僕は、その問題の構造をなんとなく感じ取っていました。だから何度も課題を上げました。カルチャーの変革を試みました。しかし、全く空回りしていました。

「文句を言う人」の誕生

フラストレーションが溜まっていきました。

トップダウンの意思決定には納得できるものばかりではないので、決定されたことに対して指摘をすることがどんどん増えていきました。僕としては組織を良くしたい一心でした。より透明性のある、自律的な組織にしたかったのです。

しかし周囲から見た僕は、そうは映っていなかったようです。

徐々に、僕は「文句を言う人」というイメージが醸成されていったのです。

今振り返ると、非常に教訓的です。正しいことを言っているつもりでした。組織のためだと思っていました。指摘していた課題の方向性自体は、大きくは外れていなかったのではないかと思います。

でも、伝え方が悪かった。タイミングが悪かった。そして何より、信頼残高が足りなかったのです。

Stephen R. Coveyは著書『7つの習慣』(1989年)の中で「感情の銀行口座(Emotional Bank Account)」という概念を提唱しています。人間関係における信頼の蓄積を銀行口座に例えたものです。預け入れ——相手を理解する、小さなことに気を配る、約束を守る——を続ければ残高が増え、引き出し——批判する、約束を破る、無視する——をすれば残高が減ります。

組織が小さかった頃は、日々の仕事ぶりで自然に信頼残高が積み上がっていました。しかし組織が大きくなり、直接のやり取りが減った人たちから見ると、僕は「よくわからないけど文句ばかり言っている人」に映っていたのかもしれません。

気づけば、ディスカッションの場から外されるようになりました。自分が望む方向——変革したい方向——と、組織が実際に向かう方向が、完全に逆を向いていく感覚。変革したくて声を上げれば上げるほど、変革から遠ざかっていく。あのパラドックスは本当につらいものでした。

CEOの直接指導

転機は、CEOからの直接の指導でした。

僕の一連の振る舞い、その空回り、そして周囲への影響について、率直に伝えてくれました。自分では見えていなかった周囲への影響。自分は正義の旗を振っているつもりでしたが、実際には組織にネガティブなエネルギーを撒き散らしていたこと。

本質的なメッセージはこうでした——「組織を変えたいなら、まず自分が変われ」。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のFrances Freiは、TED Talk「How to Build (and Rebuild) Trust」(2018年)の中で、信頼は真正性(Authenticity)・論理(Logic)・共感(Empathy)の3つの柱で構成されると説明しています。信頼が崩れるとき、必ずこの3つのどれかが「ぐらつく」のだと。

僕の場合、「論理」は正しかったかもしれません。しかし「共感」——相手の立場を理解し、相手のために動いているという信頼——が決定的に欠けていたのだと思います。正論を振りかざすだけで、人を巻き込む力を失っていました。

180度、心を入れ替えなければならないと思いました。

信頼の再獲得に1年以上

心を入れ替えました。

しかし、失った信頼を取り戻すのは、信頼を築くよりもはるかに時間がかかりました。リスク認知研究の第一人者であるPaul Slovicは「信頼の非対称性原理」(1993年)の中で、ネガティブな出来事はポジティブな出来事よりも信頼に遥かに大きな影響を与えることを示しています。信頼を壊すのは一瞬ですが、築くのには膨大な時間がかかるのです。

具体的に何をしたかというと、特別なことはしていません。目の前の仕事を丁寧にやる。周囲の意見をまず聞く。自分の考えを押しつけるのではなく、相手の文脈を理解した上で提案する。小さな約束を守り続ける。求められていないアドバイスをしない。会議では建設的な発言を意識する。

地味です。地味ですが、これしかないと感じていました。

Wharton SchoolのSchweitzer, Hershey, Bradlowらの研究「Promises and Lies」(2006年)でも、損なわれた信頼は一貫した誠実な行動の積み重ねで回復可能であることが実証されています。ただし、完全な回復には時間がかかるとも。

周りが自然と僕を巻き込み、僕に相談してくれるようになるまで、1年以上はかかったと思います。焦る気持ちはありましたが、焦って大きなアクションを取ると逆効果になることは、もう嫌というほど学んでいました。

Directorへ、そして全社最高評価

結果的に、僕はDirector(本部長)のポジションまで昇進し、組織を束ねることができました。退職前の人事評価でも、ありがたいことに高い評価をいただくことができました。

「文句を言う人」からDirectorへ。その間にあったのは、CEOの率直なフィードバックと、1年以上にわたる地道な信頼再構築でした。劇的な転機があったわけではありません。日々の小さな行動の積み重ねが、最終的に大きな結果として返ってきたのだと思います。

外に出て、戻ること

シリコンバレーでの一連の経験——成功も失敗も含めて——は、僕のリーダーシップの根幹を形づくっています。

スタートアップの成長にEXITまで貢献できたこと。規模の大きな組織でDX変革に貢献できたこと。そして何より、信頼を失い、取り戻すという痛みを通じてリーダーシップの本質を学んだこと。

昔からアウトプットする習慣があったおかげで、これらの経験は言語化された知見として蓄積されていました。それが、その後のキャリアでも活きる場面が多いと感じています。体験は風化しますが、言語化された知見は残ります。

一度外に出て、戻る。いわゆるアルムナイ転職は、日本ではまだ「出戻り」のイメージが強いかもしれません。退職したときの印象で見られがちです。

しかし、Academy of Management JournalのKellerらの研究(2021年)では、アルムナイ社員は再入社直後に新規採用者より高いパフォーマンスを発揮することが報告されています。また、Harvard Business ReviewのKlotzらの記事(2023年)によれば、「新規」採用のうち4分の1以上がアルムナイ社員であるというデータも報告されています。

退職時のイメージを遥かに覆す成果を外で残したなら、全く新しい人として見てもらえる可能性があります。そこに、かつて築いた信用や人柄が加わると、信用はさらに積み重なるでしょう。出戻りではなく、パワーアップして帰還した人間として迎えられるのです。

信頼は取り戻せる

この話で伝えたいことは一つです。

一度失った信頼でも、地道に努力すれば取り戻せます。

正しいことを言っているのに伝わらない。変革したいのに空回りする。そんな経験をしているリーダーは少なくないのではないでしょうか。

そのとき大切なのは、「自分は正しい」と思考停止することではなく、自分の伝え方、巻き込み方、そして信頼残高そのものを見つめ直すことだと思います。正しさは、信頼の上に乗って初めて力を持ちます。信頼のない正しさは、ただのノイズになりかねません。

リーダーシップとは、正論を言う能力ではないと考えています。人を巻き込み、共に動く力ではないでしょうか。


参考文献

  • Stephen R. Covey (1989) The 7 Habits of Highly Effective People Simon & Schuster(邦題:『7つの習慣』キングベアー出版)
  • Frances Frei (2018) "How to Build (and Rebuild) Trust" TED Talk, TED2018
  • Frances X. Frei & Anne Morriss (2020) "Begin with Trust" Harvard Business Review, May-June 2020
  • Paul Slovic (1993) "Perceived Risk, Trust, and Democracy" Risk Analysis, Vol. 13, No. 6
  • Maurice E. Schweitzer, John C. Hershey, Eric T. Bradlow (2006) "Promises and Lies: Restoring Violated Trust" Organizational Behavior and Human Decision Processes, Vol. 101
  • J.R. Keller et al. (2021) "In With the Old? Examining When Boomerang Employees Outperform New Hires" Academy of Management Journal, Vol. 64, No. 6
  • Anthony C. Klotz et al. (2023) "The Promise (and Risk) of Boomerang Employees" Harvard Business Review

AI時代に専門家は不要になるのか? — 超・T型人材化と「意思」の時代

AIが80点のデザインを出してくれる時代がやってきました。

エンジニアもAIに指示を出して、その結果を眺めている時間のほうが長くなってきています。デザイナーは「もう自分いらないんじゃないか」と口にし始め、エンジニアは「私の職種って何なんだろう」と問い始めています。

これは僕がマネジメントする組織で、実際に起きていることです。抽象的な未来予測の話ではありません。今、目の前で起きている現実なのです。

専門家不要論への回答は「NO」

結論から言えば、AIが業務を代替していく時代に専門家が不要になるかという問いに対して、答えは明確にNOだと考えています。

ただし、専門家の「役割」は劇的に変わっていくでしょう。

2013年にオックスフォード大学のCarl Benedikt FreyとMichael A. Osborneが発表した論文「The Future of Employment」では、米国の雇用の約47%が自動化のリスクにさらされていると推計されました。一方で、Thomas H. DavenportとJulia Kirbyは著書『Only Humans Need Apply』(2016年)の中で、AIによる「自動化(automation)」ではなく「拡張(augmentation)」——つまり専門家がAIと共に働くことで価値を高める——という方向性を提唱しています。

僕もこの「拡張」の考え方に強く共感しています。これまでエンジニアは自らコードを書き、デザイナーは自らUIを作り、プロダクトマネージャーは自ら仕様を定義してきました。しかしAIエージェントがこれらの実行作業を高い水準でこなすようになった今、プレイヤーの役割は「AIをマネジメントする」ことにシフトしつつあります。

マネージャーとしての僕は、存在意義に悩むメンバーに対してこう伝えるようにしています。

「AIをマネジメントするのが、あなたの新しい役割です」

もちろん「マネジメントとは何か」から説明する必要があります。マネジメントとは、ゴールを定義し、リソースを配分し、品質を担保し、方向性を修正し続けるプロセスです。AIというリソースが加わった今、そのリソースをどう使いこなすかが各プレイヤーの腕の見せどころになるのではないでしょうか。

超・T型人材化という必然

自身の専門分野だけに業務を閉じていると、AIの力によって必然的に時間的余裕が生まれてきます。その余裕は、ミッションや目的のために業務範囲を広げる方向に使われるべきでしょう。つまり、T型人材化がこれまで以上に加速していくと考えています。

「T型人材」という概念は、1991年にDavid Guestが英紙The Independentで紹介し、その後IDEOのCEOであるTim Brownがデザイン組織の採用・チームビルディングの文脈で広めたことで知られています。深い専門性(Tの縦棒)を持ちながら、隣接領域にも越境できる幅広さ(Tの横棒)を備えた人材像です。

僕はこれをさらに発展させた概念として「超・T型人材化」と呼んでいます。

これまでは「越境できたら理想的」というレベルの話でしたが、AI時代ではこれが標準になっていく可能性が高いです。専門分野に閉じているだけでは仕事が足りなくなるからです。エンジニアとデザイナーとビジネス職の境界線がどんどん曖昧になっていく世界。ビジネス職がプロトタイプを作るどころか、コーディング実装まで行う未来は、近々どころかもう来ているように感じます。

AIコーディングツールを使えば、デザイナーが動くプロトタイプを実装できますし、エンジニアがデータ分析を回せますし、PdMがMVPを自力で構築できます。「作りながら考える」というデザインの根源的なプロセスが、あらゆる職種に開放されつつあるのです。

これは単なる工数削減の話ではありません。デザイナーがエンジニアリングの領域に踏み込むことで、コミュニケーションコストは劇的に減少し、プロダクトの磨き込みスピードが上がります。職能の越境は、組織全体の価値創出速度を加速させる可能性を秘めています。

マネジメントの範囲は広がる

こうした超・T型人材化が進むと、それを管理するマネージャーの仕事も変わっていくでしょう。

ピープルマネジメント、チームマネジメント、パフォーマンスマネジメント、ケイパビリティマネジメント、プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメント——これらの領域そのものは変わりません。しかし、メンバーの業務範囲が広がるのに伴って、マネジメントの範囲も広がっていくと考えています。

たとえば従来のEMは、エンジニアの技術スキルとキャリア成長をサポートしていれば十分でした。しかし超・T型人材化したエンジニアは、デザインスキルやビジネス理解もスコープに入ってきます。マネージャーがサポートすべき領域も、必然的に拡張されるでしょう。

EMやVPは、この超・T型人材化を見越して、一人ひとりが取り残されないようにサポートしていく必要があります。全員がAIを使いこなし、全員が越境できるわけではありません。得意な人と苦手な人がいます。その差を埋め、組織全体の底上げをすることが、今後3〜5年で最も重要なマネジメント課題の一つになるのではないでしょうか。

職能組織は「こだわりの砦」

超・T型人材化が進めば、「エンジニア組織」「デザイン組織」という職能別の組織構造自体が不要になる可能性はあるかもしれません。しかし僕は、職能組織を維持する価値はなお大きいと考えています。

エンジニアやデザイナーという専門家だからこそ持っている「審美眼」や「意思」というものがあります。これを職能組織として定義しておくことで、組織全体のケイパビリティを維持する力が強まると感じています。

職能組織は、共通の専門言語を持つ仲間が集まり、互いの仕事を高め合う場でもあります。「このUIの間の取り方が気持ちいい」「このアーキテクチャは美しい」——そうした専門家同士でしか成立しない議論が、プロダクトの品質を底支えしているのではないでしょうか。

極端な話、みんな総合職にして、全員が事業の売上ミッションを持ったマイクロチームにしたらどうなるでしょうか。全社としての技術方針のこだわり、デザインのこだわりが薄まり、いずれAIに良くも悪くも支配された、他社とケイパビリティの差がない組織になってしまう可能性があります。

つまり、職能組織は「こだわりの砦」なのです。超・T型人材化と職能組織の維持は矛盾するように見えるかもしれませんが、実はそうではないと思っています。越境しつつも帰る場所がある。その帰る場所が、専門家としてのアイデンティティとこだわりを養う土壌になるのです。

「意思」こそが人間の存在意義

デザイナーの存在意義はその審美眼に。エンジニアの存在意義はより広義な技術的意思決定に。プロダクトマネージャーの存在意義はミッションやゴールの意思決定に。

突き詰めると、「意思」そのものが人間の存在意義ではないかと僕は考えています。

哲学者のHannah Arendtは著書『人間の条件』(1958年)の中で、人間の固有性は「行為(action)」にあり、それは予測不可能な新しいことを始める「自発性」に基づくと論じました。AI時代以前の著作ですが、この洞察は今まさに重みを増しているように感じます。

意思のないところに組織の意味はありません。James C. CollinsとJerry I. Porrasが『ビジョナリー・カンパニー』(1994年)で体系化したように、コア・バリューとコア・パーパスを持つ企業こそが長期的に繁栄します。MVVがなければ、それはただの営利団体であって、チームではないでしょう。ミッションがあるからこそ、そのミッションに共感する人が集まり、プロダクトが生まれます。

エンジニアリング組織も同じです。意思やこだわりがなかったら、それはただのリソースプールになりかねません。カルチャーギャップが生まれ、組織問題が多発する可能性があります。

AIにできないこと

AIは80点のデザインを出してくれます。ときには90点のコードを書いてくれます。しかしAIには「この80点を100点にしたい」と思う意思がありません。「ユーザーにこういう体験を届けたい」という願いがありません。

Wharton SchoolのEthan Mollick教授は著書『Co-Intelligence』(2024年)の中で、AIを「協調知性」として位置づけ、人間の判断・意志(human in the loop)の重要性を強調しています。AIが80点を出してくれるなら、組織は80点で前に進もうとするかもしれません。しかし、80点を受け取った上で100点に磨き上げる意思を持てるかどうか。その差を生むのは、テクノロジーではなく人間の意思ではないでしょうか。

その意思を持ち、AIを道具として使いこなし、プロダクトの品質を最後の1ミリまで磨き込む。それが、AI時代における専門家の仕事であり、人間の存在意義だと僕は考えています。


参考文献

  • Carl Benedikt Frey & Michael A. Osborne (2013) "The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerisation?" Oxford Martin School
  • Thomas H. Davenport & Julia Kirby (2016) Only Humans Need Apply: Winners and Losers in the Age of Smart Machines Harper Business
  • David Guest (1991) "The hunt is on for the Renaissance Man of computing" The Independent
  • Tim Brown / IDEO — T-Shaped Stars: The Backbone of IDEO's Collaborative Culture (Chief Executive Magazine)
  • Hannah Arendt (1958) The Human Condition University of Chicago Press
  • James C. Collins & Jerry I. Porras (1994) Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies HarperBusiness
  • Ethan Mollick (2024) Co-Intelligence: Living and Working with AI Penguin Random House

信頼が尽きたリーダーは何を失うのか

心理的安全性とリーダーシップ・キャピタルから考える「チームを率いる力」

リーダーの役割は、正しい判断を下すことだけではありません。
多くの人が「正しければ伝わる」と信じていますが、実際には正しさだけでは人は動かないという現実に何度も直面します。

たとえるなら、完璧なレシピ通りにカレーを作っても、食卓が温かくなるとは限らないようなものです。スパイスよりも大切なのは、誰とどんな空気で食べるか。
リーダーシップもそれと同じで、成果を支えるのは「正しさ」ではなく信頼です。

本稿では、ハーバード・ビジネス・スクールの心理的安全性の4段階モデル(エドモンドソン)と、経営学者ラム・チャランのリーダーシップ・キャピタル理論をもとに、信頼を失ったリーダーがなぜ孤立し、どうすれば再びチームを動かせるのかを考えていきます。

心理的安全性は「自由」ではなく「関わりの勇気」

心理的安全性とは、チームメンバーが罰や恥を恐れずに発言できる状態のことです。
しばしば「何を言っても許される自由」と誤解されますが、実際は互いへの敬意が前提の自由です。

心理的安全性は四つの層で成り立ちます。
「受け入れられる安心感」から始まり、「学べる安心感」、「貢献できる安心感」、「異論を唱えられる安心感」へと発展します。
この階段を上がるほど、チームの創造性は高まります。

ところが、会議で「上の判断は分かっていない」などと発言した瞬間、空気が止まることがあります。誰も発言しなくなり、議論は形骸化します。
沈黙が始まるとき、心理的安全性はすでに失われているのです。
つまりそれは「遠慮なく批判する場」ではなく、「安心して関われる場」だということです。

「正しいけれど信頼されない人」が生まれる構造

ラム・チャランのリーダーシップ・キャピタル理論によると、リーダーの力はポジションではなく信頼残高によって決まります。
この信頼残高は三つの要素で成り立ちます。
有能さ(Competence)、誠実さ(Character)、関係性(Connection)です。

私は、有能さだけが突出したリーダーほど危ういと感じます。誠実さや関係性を欠く有能さは、冷たい正論を生み、誰も共感できなくなるからです。
理性主義のリーダーは精密に判断しますが孤立しやすく、共感主義のリーダーは不完全でも人を動かします。
信頼とは、人が「あなたのもとで頑張りたい」と思えるかどうか。リーダーの本質はそこにあります。

信頼を支える三つの要素と、崩壊を招くたった一つの欠落

ハーバード・ビジネス・スクールのフランシス・フライ教授は、信頼を三角形(Trust Triangle)で説明します。
三つの頂点は、誠実さ(Authenticity)、論理性(Logic)、共感(Empathy)です。

人は、相手が誠実で、筋が通り、そして自分を理解してくれているときに信頼します。
このうち一つでも欠けると、信頼は崩れます。

私は、特に「共感」の欠如が致命的だと考えます。
論理がどれだけ正しくても、冷たく響く言葉は人の心を閉ざします。
信頼を壊すのは誤りではなく、温もりの欠如なのです。

チームが沈黙するとき、リーダーは孤立している

チームの崩壊は、派手な衝突ではなく静かな沈黙から始まります。
会議で質問が出なくなり、チャットに意見が書き込まれなくなる。
「どうせ言っても変わらない」という空気が蔓延するとき、リーダーはすでに孤立しています。

心理的安全性が損なわれると、誰もリーダーにフィードバックしなくなります。
リーダーは情報を失い、判断を誤り、チームの信頼残高は目に見えない速度で減っていきます。
この状態を、私は「有能な孤立者」と呼びます。
正しさで勝ち続けた結果、信頼を失い、誰も助けてくれなくなる。
それは、優秀さの副作用といえるかもしれません。

リーダーが信頼を取り戻す唯一の道

信頼を取り戻す方法は、驚くほど地味です。
正しさではなく、関係性を優先することです。

マイヤーらの研究(1995)では、信頼は能力・善意・誠実性の三要素で形成されると示されています。
ルウィッキとバンカー(1996)は、失った信頼を再構築するには「約束を守る段階」から積み直す必要があると述べています。
つまり、一度壊れた信頼は積み木のように一段ずつしか戻せないということです。

私は、リーダーがまず実践すべきは「課題を指摘する」ことではなく、「代案を出し」「自ら関与する」ことだと考えています。
批判は距離をつくり、関与は信頼をつくります。

リーナ夫妻(2006)は、信頼の回復には誠実さ・透明性・一貫性の三つを長期的に示すしかないと指摘しています。
私の実感としても、信頼の再構築には少なくとも一年ほどの一貫した行動が必要です。
時間とは、信頼の利息を積み上げるプロセスなのです。

信頼されるリーダーに共通する三つの態度

信頼されるリーダーに共通する態度は三つあります。
謙虚さ、誠実さ、共感力です。

謙虚さとは、自分の限界を認め、他者の知恵を借りる姿勢。
誠実さとは、言葉と行動が一致し、ブレないこと。
共感力とは、相手の立場を理解しようとする努力です。

これらは、マイヤーらの信頼モデルの要素にも対応しています。
コウゼスとポズナー(2017)は、模範的リーダーは「まず学び続ける姿勢で信頼を示す」と述べています。
謙虚さは弱さではなく、人を信じる力なのです。

誠実さはチームに予測可能性を与えます。
共感力は、理性と感情を結ぶ橋のようなものです。
正しさで導くリーダーは人を黙らせ、共感で導くリーダーは人を動かします。
信頼を生むのは後者です。

信頼を中心に据えたリーダーシップへ

心理的安全性はチームの呼吸であり、リーダーシップ・キャピタルはその血流のようなものです。
呼吸が止まれば組織は窒息し、血流が滞れば動けなくなる。

リーダーの仕事は、安全な場をつくり、信頼を運用することです。
正しさよりも温度を、論理よりも関係を。
信頼とは、未来への預金のようなものです。日々の小さな行動が利息となり、いつか大きな信用残高として返ってきます。

そしてその通帳には、リーダーの名前ではなく、チーム全員の名前が刻まれているということです。

参考文献

Edmondson, A. C. (1999). Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams. Administrative Science Quarterly, 44(2), 350–383.

Charan, R. (2016). The Leadership Pipeline. Harvard Business Press.

Mayer, R. C., Davis, J. H., & Schoorman, F. D. (1995). An Integrative Model of Organizational Trust. Academy of Management Review, 20(3), 709–734.

Lewicki, R. J., & Bunker, B. B. (1996). Developing and Maintaining Trust in Work Relationships. In Kramer & Tyler (Eds.), Trust in Organizations. Sage.

Kouzes, J. M., & Posner, B. Z. (2017). The Leadership Challenge (6th ed.). Wiley.

Reina, D. S., & Reina, M. L. (2006). Trust & Betrayal in the Workplace. Berrett-Koehler.

Frei, F., & Morriss, A. (2020). Begin With Trust. Harvard Business Review.

絶えず灯り続けるアジャイルのこころ

お久しぶりです、KAKKAです。
ex-MIXI Advent Calendar 2023の最終日の記事として書かせていただきます。
今回は特に僕のアジャイルキャリアについて特に振り返って考える機会があったので、アジャイルキャリアについてフォーカスを当てて書きたいと思います。エンジニアも2足の草鞋でやっていましたが、この記事では技術的なお話はごっそり省略していてます。
もう会って話すこともできないし、文章で書いても届かない人向けに、それでも文章として残しておきたい感謝の気持ちを合わせてここに記したいと思います。

アジャイルキャリアスタートと最初のコーチとの出会い

僕のアジャイルのキャリアのスタートは新卒で入った会社である株式会社ミクシィ(現MIXI)からスタートしました。
このブログの過去記事でも書きましたが、2012年頃に全社的にアジャイル変革が行われました。その頃は日本でもまだアジャイル経験者は豊富ではなく、社内でも人材は非常に限られていました。よって現場のほぼすべてのチームは自習によるスクラムを始めざるを得ませんでした。
僕は当時から非常にプロダクト志向なエンジニアでして、自分一人の頑張りよりもチームのパフォーマンス向上のほうが重要であると思い、その中核を担うスクラムマスターの役割を積極的に担うように動いていました。もちろんこのタイミングで初めてスクラムマスターの役割を担うため、右も左もわかりませんでしたが、社内で一人だけ高原さん(仮名)という認定スクラムマスターのライセンスを保有し、様々なスクラムチームの支援を行っていた方がいました。僕もそのコーチにサポートしていただいていたうちの一人ですが、比較的僕のチームに重点を置いて、時間をかけてサポートしてくださっていました。様々なアドバイスが参考になったのはもちろん、僕自身の良い変化をしっかり観察してくださっており、スクラムマスターとして「良くなってきた」とフィードバックいただけたことは、とても嬉しかったとともに、自分に自信を持てた一言でもありました。

僕はこの頃はアジャイルリーダーとしてのキャリアは全く想像もしていませんでしたが、振り替えるとここでの経験や高原さんのサポート・評価が今の僕を作った原点と言っても過言ではありません。
この頃高原さんから受け取ったアジャイルのこころは、僕のこころにも確実に灯り、後に大きな炎へと成長することになります。

スクラムマスターの経験が予想外に生きた2社目

リクルートの内製での新規プロダクト開発に興味を持って、エンジニアとして転職をしました。この頃、リクルートでは事業の内製化に非常に力を入れており、同時にアジャイルの導入もこれから始まるという段階でした。案の定、前職のミクシィで見てきたように、チームにはスクラムが導入されるものの、経験者があまりいないという状況にまた遭遇しました。そしてこのチームでスタートアッププロジェクトの結果を出すにはしっかりとスクラムを再導入する必要があると感じ、少しでも経験値のある僕自身が抜擢され、スクラムマスターを担うようになりました。
幸いにも、認定スクラムマスター研修を受講でき、Certified ScrumMaster®のライセンスを取得したり、日本でも数少ない外部のアジャイルコーチにサポートしていただけたりと会社からの支援も重なり、とてもいいスクラムチームになりました。スクラムマスターとしてチーム全体からも非常に信頼していただいたのも印象的です。隣のチームのコーチを担当することもありました。また、外部のアジャイルコーチはこのチームは本当に良いチームだとフィードバックをいただけたのも良い経験で、「これが良いスクラムチームなのだ」と認識できたことで、理想のスクラムチームのモデルを頭に入れることができました。
ずっと後に気づきましたが、なぜこのチームが良いチームになったのかは、十中八九、アジャイルなマインドセットを持った人たちが集まったスタートアップチームだから(クレイグラーマンの法則)、というのが答えだと思います。
非常に好きな環境だったのですが、わずか一年で去ることになりました。本当はもっとここで働きたかったのですが、スタートアップの本場シリコンバレーの、アーリーステージのスタートアップであるDrivemode, Inc.という会社にご縁があったためです。

シリコンバレーのスタートアップDrivemode, Inc.

Drivemodeには7年も在籍しており、ここでの学びを語りだすととても長くなってしまいます。このブログにもDrivemodeに関する記事はいくつか書いていますのでかなりシンプルに書きたいと思います。
入社時は社員2名、ファウンダー4名という本当に初期フェーズのスタートアップでした。会社全体が1チームで常に動いてました。スクラムマスターという役割はとても好きだったのですが、エンジニアと兼務するとどうしても時間的制約があったため、次こそはエンジニアに集中できるぞ、しかもメンバーはすごい人達ばかりだと、非常にワクワクしながら入社したのを覚えています。
スクラムの知識経験はあったのでそれを活かすバリューストリームの改善は入社直後からやったのですが、本当にそれくらいしかやっておらず、あとは会社全員が一丸となってプロダクト開発を必死にやっていたら勝手にアジャイルになっていたというのが非常に印象的でした。
シリーズAあたりから組織の成長痛を感じるようになりましたが、僕自身のアジャイルの知見をアップデートし、組織課題を提起することで変革のきっかけが作れました。そうこうしている間に2019年にホンダにEXITすることになります。
当時はこういった僕の課題提起の行動がメンバーから非常に煙たがられていたと思いますが、こういうキャラクターだったからこそ、ホンダのDX推進のリードを任していただけたのだと思います。

シリコンバレースタートアップから大企業のDX変革

この頃からアジャイル変革を大胆に行うようになりました(アジャイル変革はDX変革のうちの一部分です)。このころから何チームものアジャイルコーチ業務も本格的に行いましたし、丸3日のオリジナルアジャイル・スクラム研修もスタートし、何度も何度も開催しました。研修は単なる座学ではなく、習熟度を上げるようにとても工夫しており、一度に受講できる生徒は10名程度に絞らざるを得ませんでしたが、この時点でも研修受講者やサポート対象者は100名を軽く超えていました。
これらの活動は少なくとも「うまくいっていない」という感覚はなく、DX変革のスコープで見ても確実に前進していることが自分でも感じられました。何と言っても変革対象組織の方々からとても信用をしていただける実感が日々大きくなっていったのです。
DX変革は一般的にとてもむずかしいもので、その成功の定義も曖昧ですが、成功率は10%程度だという情報もあります。そんな中でたった一人で数百名の組織のDX変革の結果を残せているのはとてもやりがいを感じられましたし、社内でも評価され、僕を信用してくれた人たちがついてきてくれ、組織としてDXを変革を行う流れにもできました。
しかしながら申し訳ないことに転職をすることになりました。

MIXIへの再入社と高原さんとの再開、モダンな組織へのアジャイル再導入

MIXI創業者である笠原さんから声をかけていただき、MIXIに再入社することになり、みてねのエンジニアリング組織のマネジメントに現在も従事しています。
MIXIは10年ほど離れていましたが、10年前に在籍していた懐かしのメンバーもいらっしゃり、ワクワクと自分を受け入れてくれるかの不安が混ざったような気持ちでしたが、入社後はその不安は一瞬で消え去りました。
また、僕のアジャイルキャリアのスタートを作ってくれた高原さんも同じ組織にいました。「スクラムもいいけどやっぱり稼がなきゃいけないと思ってエンジニアのフォーカスしている」ということでエンジニア職として活躍されていました。

みてねは非常にDeveloper Experienceの高い組織だなと感じてはいましたが、アジャイルに関してはなんかしら良い変革ができる余地がありそうだとも感じていました。入社後に真っ先に取り組んだ変革アクションはやはりアジャイル変革でした。構造を整える、研修を行う、コーチングサポートを行うという大手製造業でも行っていたことは、みてねでも通用するどころか、そこを丁寧にやることがDeveloper Experienceにクリティカルに効果が現れると確信しました。

組織に受け入れられ、灯り続けるアジャイルのこころ

高原さんは「今はエンジニア」と割り切っていましたが、僕が社内でアジャイル系のイベントを行うときには高原さんも積極的にサポートくださったりもしました。やはりアジャイルのマインドは絶えず灯っているのだなと僕は非常に嬉しく思いました。
そして徐々に高原さんがエンジニアから再びアジャイルコーチの役割に興味を持たれるようになってきました。リソース調整は必要だったものの、10年前に僕にアジャイルを伝承していただいた師匠とまた一緒にアジャイル変革できるのかと僕はワクワクしていました。



僕が入社してからスタートしたアジャイル変革は持続的に良い影響をもたらしていると実感しています(僕自身はきっかけを与えたのみで、すごいのは組織なのですが)。


丸3日のアジャイル・スクラム研修を何度も受講したいと申し出る人がいること。

サポートしていた1スクラムマスターがめきめきと成長し、自信に満ち溢れた振る舞いをするようになっていったこと。またそれに従って周りのチームメンバーの信用が一回り大きくなっていったこと。

みてねの組織Valueを改変し、Be Agileを含められたこと。

チームメンバーにとってもスクラムの再導入が非常に好感触であること。
みてねのスクラム開発で私が感じたこと - mitene / FamilyAlbum Team
スクラムの本格導入による開発プロセスの変化@みてねプロダクト開発部 MERCHチーム - mitene / FamilyAlbum Team

これまでチームで悩んでいた人が、今めちゃくちゃいいチームだと笑顔で話していること。

研修などの活動がみてねの組織を超えて、全社に広がっていってること。

この経過を見ると、アジャイルという価値観は少なくとも衰退の気配を感じさせません。僕が理想モデルとして頭の中にある良いチームに近づいていっていると感じています。そしてそれはきっと高原さんも納得するものになってきていると思います。
経営判断としてもちろん常にアジャイルファーストであることはないのですが、それでも現在のところ価値がなくなる未来は見えていません。

しかしながら、高原さんがアジャイルコーチの業務に興味を持たれ、僕がまた一緒にアジャイル変革できるというワクワクは、叶わず今に至ります。

意外にも、一緒にアジャイル変革に携わることができなくてすごく惜しい、という気持ちはそれほどありません。なぜなら高原さん目指したいと思っていただろう状態に向かって僕らは着実に前進しているし、それを実現できるリーダーたちもいるからです。そしてこれらの変革のきっかけが僕だったとしたら、そのスタート地点を作ったのは高原さんなのですから。


10年前、高原さんから受け取ったアジャイルの灯火は、僕にも灯り、今では多くの人々にも灯り始めています。
少なくともみてねでは、この灯火が日々強くなってきています。
それが「世界中の家族のこころのインフラ」を実現するのにとても貢献してくれると思います。

あなたのその存在に感謝したいと思います。本当にありがとうございました。