KAKKA is not 閣下

Drivemodeというシリコンバレーのスタートアップでエンジニア、2019年9月に某自動車会社にExit、某自動車会社のDX推進のリード、「みてね」のエンジニアリング組織マネジメント。 CSP-SM(認定スクラムプロフェッショナル)、メタルドラマー。 ex:Drivemode(Honda), Drivemode、リクルート、MIXI、NAIST Twitter→@KAKKA_Blog

組織は10人で最初の壁にぶつかる — スケーリングと透明性の方程式

「うちの組織、最近なんかうまく回らなくなってきたんですよね」

経営者やマネージャーからこの相談を受けたとき、僕が最初に確認するのは「今、何人ですか?」という質問です。人数を聞くと、ある程度の課題の仮説を立てることができます。

実際にカジュアル面談で組織の人数と職種構成、組織構造、事業フェーズ、開発プロセスを聞いただけで、課題の仮説がかなり的中したことがあります。

なぜそんなことが可能なのか。組織のスケーリングには、驚くほど共通のパターンがあるからです。

組織の壁には理論的な根拠がある

人類学者のRobin Dunbarは1992年の論文で、霊長類の新皮質の大きさと集団サイズの相関から、ヒトの安定した社会集団の上限を約150人と予測しました。いわゆる「ダンバー数」です。

さらに興味深いのは、Dunbarが示した社会的関係の階層構造です。5人(最親密な仲間)→ 15人(親友)→ 50人(友人)→ 150人(意味のある関係を維持できる上限)。この5, 15, 50, 150という数列は、組織の「壁」が現れるタイミングと驚くほど一致しています。

また、Larry E. Greinerが1972年にHarvard Business Reviewで発表した「成長モデル」では、組織は成長段階ごとに特有の「危機」に直面するとされています。創造性の段階ではリーダーシップの危機が、指揮の段階では自律性の危機が訪れます。

これらの理論的背景を踏まえた上で、僕が実際に観察してきた「壁」を具体的に説明していきます。

10人の壁 — 階層の誕生と自律性の喪失

最初の壁は、10人を超えたあたりでやってきます。

1933年にV.A. Graicunasが示したように、上司と部下の関係は部下の数が算術的に増えるだけで、関係の複雑さは幾何級数的に増大します。一人のリーダーが全員を直接マネジメントする「スパン・オブ・コントロール」には限界があり、必然的に組織に階層が生まれます。

階層が生まれると、各階層ごとにコミュニケーションが発生します。ここで意識的に透明性を確保しない限り、組織内に情報格差が生まれてしまう可能性が高いです。

情報格差が生まれるとどうなるか。メンバーは自律的に業務を進めることが難しくなります。判断に必要な背景情報がないので、情報を持っている人に聞くか、指示されるのを待つしかありません。こうして、自律的なカルチャーが徐々に消えていく傾向があります。

スタートアップのあの熱量——全員が同じ方向を向いて、指示がなくても自分で判断して動ける空気感——は、放っておくと10人を超えた時点で静かに失われ始めるかもしれません。「昔はもっとスピード感があったのに」という声は、ほぼ例外なくこのフェーズで聞こえてきます。

30人の壁 — 情報爆発と「どこに何があるかわからない」問題

30人程度まで成長すると、10人の壁の教訓を活かして透明性を意識していたとしても、新たな問題が発生します。情報爆発です。

George A. Millerが1956年の有名な論文で示したように、人間の短期記憶の処理容量には「7±2」という限界があります。組織が多様になり情報量が爆発的に増えると、個人の認知能力では処理しきれなくなるのです。 たとえば電話番号の090-1234-5678を覚えるとき、私たちは11桁の数字を1個ずつ覚えるのではなく、09012345678という3つのかたまりとして認識します。それが7±2という限界の中でうまく処理するための、脳の自然な働きです。 組織が多様になり情報量が爆発的に増えると、個人の認知能力では処理しきれなくなるのです。

わかりやすい例がSlackです。チャンネルが全然追えなくなってきて、整理が始まります。しかし、明確なポリシーを持った命名ルールがない限り、何のチャンネルかわからなくなりがちです。#proj-alpha#team-alpha#alpha-devの違いは? 情報はたくさんあるのに、どこにどの情報があるかわからない状態に陥りやすくなります。

Eppler & Mengisの研究(2004年)でも、組織における情報過負荷は原因→症状→対策→原因というサイクルを形成することが示されています。情報を増やせば透明性が上がるという単純な話ではなく、情報の構造化と検索性が同時に求められるのです。

結果として、メンバーはさらに自律的に動くことが難しくなり、レポートラインとのコミュニケーションに頼らざるを得なくなる傾向があります。情報がオープンであることと、情報が見つけられることは、全く別の問題なのです。前者は文化の問題、後者は設計の問題。30人の壁は、文化だけでは超えられない、仕組みの設計が必要な壁だと考えています。

50人の壁 — 距離と信用のジレンマ

50人を超えると、スパン・オブ・コントロールの観点で組織の階層がさらに一段深くなります。部長、マネージャー、スタッフのような三層構造です。

ここで新しい課題が二つ生まれる可能性があります。

一つ目は分業の設計です。組織のトップは広い範囲の抽象的な業務——戦略、計画、方針——を担い、末端は具体的な業務——タスク、実装、運用——を担います。この抽象と具体の分業を極めなければ、組織は円滑に回りません。Greinerの成長モデルでいう「委譲の段階におけるコントロールの危機」に相当するでしょう。

二つ目は距離の問題です。部長とスタッフでは物理的にも心理的にも距離が遠くなります。普段全然会わない、パーソナリティもわからない人が「納得感のない戦略を押しつけてくる」という印象が生まれやすくなりかねません。

つまり、50人の壁の本質は信用のジレンマではないかと考えています。組織のトップが現場の信用を得るための振る舞いが、10人のときとは全く異なるものになります。全員と1on1ができた頃の距離感はもう戻ってきません。仕組みとして信用を構築する必要が出てくるのです。

100〜300人の壁 — パターンは再帰的に繰り返される

100人、200人、300人とさらに階層が深くなりますが、課題の傾向は本質的に同じです。スパン・オブ・コントロールの限界、情報格差の拡大、自律性の低下、信用の希薄化。スケールが変わるだけで、構造的に同じ問題が再帰的に現れます。

だからこそ、「何人ですか?」と聞くだけで課題が予測できるのです。Dunbarの階層(5→15→50→150)やGreinerの成長モデルが示すように、組織の壁は人間の認知能力と社会的関係の本質的な限界に根ざしています。

処方箋としての透明性 — 3つのフェーズ

これらすべての壁に共通する処方箋があると考えています。透明性です。

Ken SchwaberとJeff Sutherlandが定義したスクラムの三本柱は「透明性・検査・適応」です(Scrum Guide, 2020年版)。透明性がなければ正しい検査ができません。正しい検査がなければ正しい適応ができません。透明性はすべての出発点であり、自律的な組織の土台ではないでしょうか。

僕は透明性を3つのフェーズで段階的に進化させるアプローチを取っています。

フェーズ1:オープンに発信するカルチャーの醸成。 まずは発信のハードルを極限まで下げます。気軽にアウトプットできる場をつくり、日常的な発信が自然に行われるカルチャーを醸成します。

フェーズ2:情報の構造化。 発信量が増えると「情報が多すぎて見つけられない」という30人の壁が顕在化します。ここで組織構造と情報構造を対応させ、階層的に整理します。

フェーズ3:集約・メッセージング・自動化。 50人を超えると構造化だけでは追いつかなくなる可能性があります。ここでAIの力を借ります。投稿の要約をAIが自動生成し、日次で更新記事一覧を配信する。ナレッジベース全体をAIが理解した上で質問に答えてくれるQ&A機能を活用する。必要な情報が向こうからやってくる状態をつくるのです。

誰も課題を提示してくれない

最後に、組織のトップが最も気をつけるべきことを一つ伝えたいと思います。

それは、組織のトップには、誰も課題を提示してくれないということです。

もちろん、現場のメンバーや部下から課題が上がってくることはあります。しかしトップの仕事は、それをそのまま受け取ることではありません。複数の現場や組織全体を考慮した上でバランスを取り、戦略的に優先順位をつけ、解決の方向性を定義する——それがトップの役割です。部下から挙がってきた課題をそのまま使うことはできず、トップ自身が自分の頭で考え、本質的な課題と解決案を定義(または意思決定)する必要があります。その責任を担ってくれる人は、誰もいないのです。

さらに厄介なのは、もう一つの落とし穴です。現場からの課題に対する共感力が、徐々に衰えていくという問題です。現場から距離が離れるほど、日常業務の実感が薄れます。「そんな細かいことが課題なのか」という感覚が生まれ始めたとしたら、それはトップ自身が組織の実態から乖離し始めているサインかもしれません。

本業で組織のリーダーをやっていると、本当にどっぷりハマって社外のことが見えづらくなります。そして社内でも、普段見ている状態に慣れすぎて、それが課題であるという認識すらできなくなる可能性があります。

壁のパターンは決まっています。知っていれば備えられます。備えていれば乗り越えられる可能性が高まります。次の壁がいつ来るかを意識し、先手を打っていくこと。それが、スケーリングを乗り越えるための最も確実なアプローチではないかと考えています。


参考文献

  • Robin I. M. Dunbar (1992) "Neocortex size as a constraint on group size in primates" Journal of Human Evolution, Vol. 22
  • Robin Dunbar (2010) How Many Friends Does One Person Need? Faber and Faber
  • V.A. Graicunas (1933) "Relationship in Organization" Bulletin of the International Management Institute, Vol. 7
  • Larry E. Greiner (1972/1998) "Evolution and Revolution as Organizations Grow" Harvard Business Review
  • George A. Miller (1956) "The Magical Number Seven, Plus or Minus Two" Psychological Review, Vol. 63, No. 2
  • Martin J. Eppler & Jeanne Mengis (2004) "The Concept of Information Overload" The Information Society, Vol. 20, No. 5
  • Ken Schwaber & Jeff Sutherland (2020) The Scrum Guide scrumguides.org