KAKKA is not 閣下

Drivemodeというシリコンバレーのスタートアップでエンジニア、2019年9月に某自動車会社にExit、某自動車会社のDX推進のリード、「みてね」のエンジニアリング組織マネジメント。 CSP-SM(認定スクラムプロフェッショナル)、メタルドラマー。 ex:Drivemode(Honda), Drivemode、リクルート、MIXI、NAIST Twitter→@KAKKA_Blog

シリコンバレーで信頼を失った話 — 「文句を言う人」から昇格まで

リーダーシップについて語るとき、成功体験は聞こえがいいものです。でも本当に人の心に刺さるのは、失敗の話ではないでしょうか。

今回は、僕がシリコンバレーのスタートアップで「信頼を失った」話をしたいと思います。そしてそこから学んだ、リーダーシップの本質について。

入社時は順風満帆だった

そのスタートアップに入社したのは、会社の規模がまだ数名程度、シードラウンドの直前でした。

エンジニアとしての仕事はもちろん、日本で培ったアジャイルの知見を活かして、チームの開発プロセスの改善に取り組みました。スクラムの導入、タスク管理の仕組み化、レトロスペクティブの運用——当時のメンバーは誰もアジャイル開発の経験がなかったので、僕が持ち込んだプラクティスは新鮮だったようですし、幸いなことに、チームの生産性にも良い影響があったような感覚はありました。

当時はありがたいことに、周囲からも認めてもらえていました。仕事は楽しかったですし、手応えも感じていました。

転機はシリーズAだった

シリーズAの資金調達を経て、会社の人数が一気に増えました。組織に階層が生まれました。

僕は相変わらず現場のエンジニアとして働いていましたが、問題が見え始めました。上層部からの情報の欠落が激しくなってきたのです。なぜその技術スタックを選んだのか。なぜそのプロダクト方針になったのか。意思決定のプロセスが不透明で、決定事項だけが降りてきます。

これは組織のスケーリングで典型的に起きる問題です。10人を超えたあたりで階層が生まれ、情報格差が発生します。数名の頃は全員が同じ情報を持ち、全員が意思決定に関与していました。それが突然、見えなくなったのです。

当時の僕は、その問題の構造をなんとなく感じ取っていました。だから何度も課題を上げました。カルチャーの変革を試みました。しかし、全く空回りしていました。

「文句を言う人」の誕生

フラストレーションが溜まっていきました。

トップダウンの意思決定には納得できるものばかりではないので、決定されたことに対して指摘をすることがどんどん増えていきました。僕としては組織を良くしたい一心でした。より透明性のある、自律的な組織にしたかったのです。

しかし周囲から見た僕は、そうは映っていなかったようです。

徐々に、僕は「文句を言う人」というイメージが醸成されていったのです。

今振り返ると、非常に教訓的です。正しいことを言っているつもりでした。組織のためだと思っていました。指摘していた課題の方向性自体は、大きくは外れていなかったのではないかと思います。

でも、伝え方が悪かった。タイミングが悪かった。そして何より、信頼残高が足りなかったのです。

Stephen R. Coveyは著書『7つの習慣』(1989年)の中で「感情の銀行口座(Emotional Bank Account)」という概念を提唱しています。人間関係における信頼の蓄積を銀行口座に例えたものです。預け入れ——相手を理解する、小さなことに気を配る、約束を守る——を続ければ残高が増え、引き出し——批判する、約束を破る、無視する——をすれば残高が減ります。

組織が小さかった頃は、日々の仕事ぶりで自然に信頼残高が積み上がっていました。しかし組織が大きくなり、直接のやり取りが減った人たちから見ると、僕は「よくわからないけど文句ばかり言っている人」に映っていたのかもしれません。

気づけば、ディスカッションの場から外されるようになりました。自分が望む方向——変革したい方向——と、組織が実際に向かう方向が、完全に逆を向いていく感覚。変革したくて声を上げれば上げるほど、変革から遠ざかっていく。あのパラドックスは本当につらいものでした。

CEOの直接指導

転機は、CEOからの直接の指導でした。

僕の一連の振る舞い、その空回り、そして周囲への影響について、率直に伝えてくれました。自分では見えていなかった周囲への影響。自分は正義の旗を振っているつもりでしたが、実際には組織にネガティブなエネルギーを撒き散らしていたこと。

本質的なメッセージはこうでした——「組織を変えたいなら、まず自分が変われ」。

ハーバード・ビジネス・スクール教授のFrances Freiは、TED Talk「How to Build (and Rebuild) Trust」(2018年)の中で、信頼は真正性(Authenticity)・論理(Logic)・共感(Empathy)の3つの柱で構成されると説明しています。信頼が崩れるとき、必ずこの3つのどれかが「ぐらつく」のだと。

僕の場合、「論理」は正しかったかもしれません。しかし「共感」——相手の立場を理解し、相手のために動いているという信頼——が決定的に欠けていたのだと思います。正論を振りかざすだけで、人を巻き込む力を失っていました。

180度、心を入れ替えなければならないと思いました。

信頼の再獲得に1年以上

心を入れ替えました。

しかし、失った信頼を取り戻すのは、信頼を築くよりもはるかに時間がかかりました。リスク認知研究の第一人者であるPaul Slovicは「信頼の非対称性原理」(1993年)の中で、ネガティブな出来事はポジティブな出来事よりも信頼に遥かに大きな影響を与えることを示しています。信頼を壊すのは一瞬ですが、築くのには膨大な時間がかかるのです。

具体的に何をしたかというと、特別なことはしていません。目の前の仕事を丁寧にやる。周囲の意見をまず聞く。自分の考えを押しつけるのではなく、相手の文脈を理解した上で提案する。小さな約束を守り続ける。求められていないアドバイスをしない。会議では建設的な発言を意識する。

地味です。地味ですが、これしかないと感じていました。

Wharton SchoolのSchweitzer, Hershey, Bradlowらの研究「Promises and Lies」(2006年)でも、損なわれた信頼は一貫した誠実な行動の積み重ねで回復可能であることが実証されています。ただし、完全な回復には時間がかかるとも。

周りが自然と僕を巻き込み、僕に相談してくれるようになるまで、1年以上はかかったと思います。焦る気持ちはありましたが、焦って大きなアクションを取ると逆効果になることは、もう嫌というほど学んでいました。

Directorへ、そして全社最高評価

結果的に、僕はDirector(本部長)のポジションまで昇進し、組織を束ねることができました。退職前の人事評価でも、ありがたいことに高い評価をいただくことができました。

「文句を言う人」からDirectorへ。その間にあったのは、CEOの率直なフィードバックと、1年以上にわたる地道な信頼再構築でした。劇的な転機があったわけではありません。日々の小さな行動の積み重ねが、最終的に大きな結果として返ってきたのだと思います。

外に出て、戻ること

シリコンバレーでの一連の経験——成功も失敗も含めて——は、僕のリーダーシップの根幹を形づくっています。

スタートアップの成長にEXITまで貢献できたこと。規模の大きな組織でDX変革に貢献できたこと。そして何より、信頼を失い、取り戻すという痛みを通じてリーダーシップの本質を学んだこと。

昔からアウトプットする習慣があったおかげで、これらの経験は言語化された知見として蓄積されていました。それが、その後のキャリアでも活きる場面が多いと感じています。体験は風化しますが、言語化された知見は残ります。

一度外に出て、戻る。いわゆるアルムナイ転職は、日本ではまだ「出戻り」のイメージが強いかもしれません。退職したときの印象で見られがちです。

しかし、Academy of Management JournalのKellerらの研究(2021年)では、アルムナイ社員は再入社直後に新規採用者より高いパフォーマンスを発揮することが報告されています。また、Harvard Business ReviewのKlotzらの記事(2023年)によれば、「新規」採用のうち4分の1以上がアルムナイ社員であるというデータも報告されています。

退職時のイメージを遥かに覆す成果を外で残したなら、全く新しい人として見てもらえる可能性があります。そこに、かつて築いた信用や人柄が加わると、信用はさらに積み重なるでしょう。出戻りではなく、パワーアップして帰還した人間として迎えられるのです。

信頼は取り戻せる

この話で伝えたいことは一つです。

一度失った信頼でも、地道に努力すれば取り戻せます。

正しいことを言っているのに伝わらない。変革したいのに空回りする。そんな経験をしているリーダーは少なくないのではないでしょうか。

そのとき大切なのは、「自分は正しい」と思考停止することではなく、自分の伝え方、巻き込み方、そして信頼残高そのものを見つめ直すことだと思います。正しさは、信頼の上に乗って初めて力を持ちます。信頼のない正しさは、ただのノイズになりかねません。

リーダーシップとは、正論を言う能力ではないと考えています。人を巻き込み、共に動く力ではないでしょうか。


参考文献

  • Stephen R. Covey (1989) The 7 Habits of Highly Effective People Simon & Schuster(邦題:『7つの習慣』キングベアー出版)
  • Frances Frei (2018) "How to Build (and Rebuild) Trust" TED Talk, TED2018
  • Frances X. Frei & Anne Morriss (2020) "Begin with Trust" Harvard Business Review, May-June 2020
  • Paul Slovic (1993) "Perceived Risk, Trust, and Democracy" Risk Analysis, Vol. 13, No. 6
  • Maurice E. Schweitzer, John C. Hershey, Eric T. Bradlow (2006) "Promises and Lies: Restoring Violated Trust" Organizational Behavior and Human Decision Processes, Vol. 101
  • J.R. Keller et al. (2021) "In With the Old? Examining When Boomerang Employees Outperform New Hires" Academy of Management Journal, Vol. 64, No. 6
  • Anthony C. Klotz et al. (2023) "The Promise (and Risk) of Boomerang Employees" Harvard Business Review