AIが80点のデザインを出してくれる時代がやってきました。
エンジニアもAIに指示を出して、その結果を眺めている時間のほうが長くなってきています。デザイナーは「もう自分いらないんじゃないか」と口にし始め、エンジニアは「私の職種って何なんだろう」と問い始めています。
これは僕がマネジメントする組織で、実際に起きていることです。抽象的な未来予測の話ではありません。今、目の前で起きている現実なのです。
専門家不要論への回答は「NO」
結論から言えば、AIが業務を代替していく時代に専門家が不要になるかという問いに対して、答えは明確にNOだと考えています。
ただし、専門家の「役割」は劇的に変わっていくでしょう。
2013年にオックスフォード大学のCarl Benedikt FreyとMichael A. Osborneが発表した論文「The Future of Employment」では、米国の雇用の約47%が自動化のリスクにさらされていると推計されました。一方で、Thomas H. DavenportとJulia Kirbyは著書『Only Humans Need Apply』(2016年)の中で、AIによる「自動化(automation)」ではなく「拡張(augmentation)」——つまり専門家がAIと共に働くことで価値を高める——という方向性を提唱しています。
僕もこの「拡張」の考え方に強く共感しています。これまでエンジニアは自らコードを書き、デザイナーは自らUIを作り、プロダクトマネージャーは自ら仕様を定義してきました。しかしAIエージェントがこれらの実行作業を高い水準でこなすようになった今、プレイヤーの役割は「AIをマネジメントする」ことにシフトしつつあります。
マネージャーとしての僕は、存在意義に悩むメンバーに対してこう伝えるようにしています。
「AIをマネジメントするのが、あなたの新しい役割です」
もちろん「マネジメントとは何か」から説明する必要があります。マネジメントとは、ゴールを定義し、リソースを配分し、品質を担保し、方向性を修正し続けるプロセスです。AIというリソースが加わった今、そのリソースをどう使いこなすかが各プレイヤーの腕の見せどころになるのではないでしょうか。
超・T型人材化という必然
自身の専門分野だけに業務を閉じていると、AIの力によって必然的に時間的余裕が生まれてきます。その余裕は、ミッションや目的のために業務範囲を広げる方向に使われるべきでしょう。つまり、T型人材化がこれまで以上に加速していくと考えています。
「T型人材」という概念は、1991年にDavid Guestが英紙The Independentで紹介し、その後IDEOのCEOであるTim Brownがデザイン組織の採用・チームビルディングの文脈で広めたことで知られています。深い専門性(Tの縦棒)を持ちながら、隣接領域にも越境できる幅広さ(Tの横棒)を備えた人材像です。
僕はこれをさらに発展させた概念として「超・T型人材化」と呼んでいます。
これまでは「越境できたら理想的」というレベルの話でしたが、AI時代ではこれが標準になっていく可能性が高いです。専門分野に閉じているだけでは仕事が足りなくなるからです。エンジニアとデザイナーとビジネス職の境界線がどんどん曖昧になっていく世界。ビジネス職がプロトタイプを作るどころか、コーディング実装まで行う未来は、近々どころかもう来ているように感じます。
AIコーディングツールを使えば、デザイナーが動くプロトタイプを実装できますし、エンジニアがデータ分析を回せますし、PdMがMVPを自力で構築できます。「作りながら考える」というデザインの根源的なプロセスが、あらゆる職種に開放されつつあるのです。
これは単なる工数削減の話ではありません。デザイナーがエンジニアリングの領域に踏み込むことで、コミュニケーションコストは劇的に減少し、プロダクトの磨き込みスピードが上がります。職能の越境は、組織全体の価値創出速度を加速させる可能性を秘めています。
マネジメントの範囲は広がる
こうした超・T型人材化が進むと、それを管理するマネージャーの仕事も変わっていくでしょう。
ピープルマネジメント、チームマネジメント、パフォーマンスマネジメント、ケイパビリティマネジメント、プロジェクトマネジメント、プロダクトマネジメント——これらの領域そのものは変わりません。しかし、メンバーの業務範囲が広がるのに伴って、マネジメントの範囲も広がっていくと考えています。
たとえば従来のEMは、エンジニアの技術スキルとキャリア成長をサポートしていれば十分でした。しかし超・T型人材化したエンジニアは、デザインスキルやビジネス理解もスコープに入ってきます。マネージャーがサポートすべき領域も、必然的に拡張されるでしょう。
EMやVPは、この超・T型人材化を見越して、一人ひとりが取り残されないようにサポートしていく必要があります。全員がAIを使いこなし、全員が越境できるわけではありません。得意な人と苦手な人がいます。その差を埋め、組織全体の底上げをすることが、今後3〜5年で最も重要なマネジメント課題の一つになるのではないでしょうか。
職能組織は「こだわりの砦」
超・T型人材化が進めば、「エンジニア組織」「デザイン組織」という職能別の組織構造自体が不要になる可能性はあるかもしれません。しかし僕は、職能組織を維持する価値はなお大きいと考えています。
エンジニアやデザイナーという専門家だからこそ持っている「審美眼」や「意思」というものがあります。これを職能組織として定義しておくことで、組織全体のケイパビリティを維持する力が強まると感じています。
職能組織は、共通の専門言語を持つ仲間が集まり、互いの仕事を高め合う場でもあります。「このUIの間の取り方が気持ちいい」「このアーキテクチャは美しい」——そうした専門家同士でしか成立しない議論が、プロダクトの品質を底支えしているのではないでしょうか。
極端な話、みんな総合職にして、全員が事業の売上ミッションを持ったマイクロチームにしたらどうなるでしょうか。全社としての技術方針のこだわり、デザインのこだわりが薄まり、いずれAIに良くも悪くも支配された、他社とケイパビリティの差がない組織になってしまう可能性があります。
つまり、職能組織は「こだわりの砦」なのです。超・T型人材化と職能組織の維持は矛盾するように見えるかもしれませんが、実はそうではないと思っています。越境しつつも帰る場所がある。その帰る場所が、専門家としてのアイデンティティとこだわりを養う土壌になるのです。
「意思」こそが人間の存在意義
デザイナーの存在意義はその審美眼に。エンジニアの存在意義はより広義な技術的意思決定に。プロダクトマネージャーの存在意義はミッションやゴールの意思決定に。
突き詰めると、「意思」そのものが人間の存在意義ではないかと僕は考えています。
哲学者のHannah Arendtは著書『人間の条件』(1958年)の中で、人間の固有性は「行為(action)」にあり、それは予測不可能な新しいことを始める「自発性」に基づくと論じました。AI時代以前の著作ですが、この洞察は今まさに重みを増しているように感じます。
意思のないところに組織の意味はありません。James C. CollinsとJerry I. Porrasが『ビジョナリー・カンパニー』(1994年)で体系化したように、コア・バリューとコア・パーパスを持つ企業こそが長期的に繁栄します。MVVがなければ、それはただの営利団体であって、チームではないでしょう。ミッションがあるからこそ、そのミッションに共感する人が集まり、プロダクトが生まれます。
エンジニアリング組織も同じです。意思やこだわりがなかったら、それはただのリソースプールになりかねません。カルチャーギャップが生まれ、組織問題が多発する可能性があります。
AIにできないこと
AIは80点のデザインを出してくれます。ときには90点のコードを書いてくれます。しかしAIには「この80点を100点にしたい」と思う意思がありません。「ユーザーにこういう体験を届けたい」という願いがありません。
Wharton SchoolのEthan Mollick教授は著書『Co-Intelligence』(2024年)の中で、AIを「協調知性」として位置づけ、人間の判断・意志(human in the loop)の重要性を強調しています。AIが80点を出してくれるなら、組織は80点で前に進もうとするかもしれません。しかし、80点を受け取った上で100点に磨き上げる意思を持てるかどうか。その差を生むのは、テクノロジーではなく人間の意思ではないでしょうか。
その意思を持ち、AIを道具として使いこなし、プロダクトの品質を最後の1ミリまで磨き込む。それが、AI時代における専門家の仕事であり、人間の存在意義だと僕は考えています。
参考文献
- Carl Benedikt Frey & Michael A. Osborne (2013) "The Future of Employment: How Susceptible Are Jobs to Computerisation?" Oxford Martin School
- Thomas H. Davenport & Julia Kirby (2016) Only Humans Need Apply: Winners and Losers in the Age of Smart Machines Harper Business
- David Guest (1991) "The hunt is on for the Renaissance Man of computing" The Independent
- Tim Brown / IDEO — T-Shaped Stars: The Backbone of IDEO's Collaborative Culture (Chief Executive Magazine)
- Hannah Arendt (1958) The Human Condition University of Chicago Press
- James C. Collins & Jerry I. Porras (1994) Built to Last: Successful Habits of Visionary Companies HarperBusiness
- Ethan Mollick (2024) Co-Intelligence: Living and Working with AI Penguin Random House