KAKKA is not 閣下

Drivemodeというシリコンバレーのスタートアップでエンジニア、2019年9月に某自動車会社にExit、某自動車会社のDX推進のリード、「みてね」のエンジニアリング組織マネジメント。 CSP-SM(認定スクラムプロフェッショナル)、メタルドラマー。 ex:Drivemode(Honda), Drivemode、リクルート、MIXI、NAIST Twitter→@KAKKA_Blog

ホフステードの6次元モデルを用いたアジャイル組織文化の構築

グローバル組織においてのマネジメントの難易度は非常に高く、頭を悩ませている人も多いかと思われます。
また優れたリーダーはIQ(知能、専門性、知識)とEQ(対人関係能力、心の知能指数)が高い人だと考えられてきましたが、グローバル化が進むにつれて、これらの人がグローバル組織において失敗することが増えています。
この流れで新しくCQ(多様な文化的背景に効果的に対応できる能力、文化の知能指数、Cultural Intelligence)という概念が重要と考えられるようになってきました。
CQの高さは、語学力の高さと海外経験の多さとは無関係です(もちろんあったほうがいいですが)。*1
さらにグローバル組織にとどまらず、近年では新しい文化の企業が多々出てきており、同じ国でも、同じ業界でも会社や組織によって様々な文化があり、このCQの高さはどんどん求められることになるかと思います。
今回はそのCQの一部の強力なツールであるホフステードの6次元モデルについて勉強しましたので、紹介しながら活用方法について考えたいと思います。

文化とは?

まず文化ってなんなのかってところから考えないといけません。
文化を説明するときには玉ねぎ型モデルがよく用いられます。

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文化の玉ねぎ型モデル
それぞれが何を意味するかの説明は、ぐぐったら出てくると思うので省かせていただきますが、価値観は一番内側にあるので、外からは見えないようになっています。何を良く思って、何を悪く思うか、何をきれいと思って何を汚いと思うか、何を上品と思って何を下品だと思うか、何を自然だと思って、何を不自然だと思うか。こういった価値観は見えません。
イメージしやすいようにソフトウェアプロダクト開発における具体例を考えてみましょう。Aさんは「しっかり計画を立てて開発を進めるのが当然であり、適当な計画で進められるのは信じられない。あいつは無能だ!」と思っているとします。Bさんは「綿密な計画よりもスピード感を持って進めていくのが重要だ。細かいことにばっかりこだわるやつは無能だ!」と思っているとします。AさんとBさんはお互いに無能だと思っているでしょうが、これは文化のギャップがあるだけであり、それぞれ無能なわけではありません。
一方でそれよりも外側にある儀式や英雄、シンボルなどはある程度見える部分です。この部分は比較的変更しやすい部分です。
経営戦略としての異文化適応力では、中核の価値観(国民文化とも言っている)の部分は12歳くらいまでに無意識下で定着し、その後は変えるのが難しく、それより外側の部分は周りの環境に合わせて変えることができると言われています。

アジャイルの文化

この玉ねぎの図、なんだか見覚えがあるなぁと思ったらこれ、アジャイルの価値原則も同じように書けることがわかるかと思います。実際に玉ねぎ型モデルを用いてアジャイルの価値原則を説明している人を見たことがあります。

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アジャイル文化の玉ねぎ型モデル
これらの価値・原則はアジャイルマニフェスト*2*3に定義されています。

価値

プロセスやツールよりも個人と対話を、
包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを、
契約交渉よりも顧客との協調を、
計画に従うことよりも変化への対応を、

価値とする。

原則

顧客満足を最優先し、
価値のあるソフトウェアを早く継続的に提供します。

要求の変更はたとえ開発の後期であっても歓迎します。
変化を味方につけることによって、お客様の競争力を引き上げます。

動くソフトウェアを、2-3週間から2-3ヶ月という
できるだけ短い時間間隔でリリースします。

ビジネス側の人と開発者は、プロジェクトを通して
日々一緒に働かなければなりません。

意欲に満ちた人々を集めてプロジェクトを構成します。
環境と支援を与え仕事が無事終わるまで彼らを信頼します。

情報を伝えるもっとも効率的で効果的な方法は
フェイス・トゥ・フェイスで話をすることです。

動くソフトウェアこそが進捗の最も重要な尺度です。

アジャイル・プロセスは持続可能な開発を促進します。
一定のペースを継続的に維持できるようにしなければなりません。

技術的卓越性と優れた設計に対する
不断の注意が機敏さを高めます。

シンプルさ(ムダなく作れる量を最大限にすること)が本質です。

最良のアーキテクチャ・要求・設計は、
自己組織的なチームから生み出されます。

チームがもっと効率を高めることができるかを定期的に振り返り、
それに基づいて自分たちのやり方を最適に調整します。

文化の玉ねぎ型モデルでもあったように、アジャイルマニフェストで定義された「価値」や「原則」がなければ、「プラクティス・フレームワーク」の部分が定着しません。ここが不安定な状態でスクラムを導入してもうまくいかないということは容易に想像できると思います。
とはいえ、経営戦略としての異文化適応力でも述べられてるように、価値観を変えろといっても難しいです。
ここがBe Agileにおける最大のチャレンジとなることでしょう。
難しいとはいえ、現状のそれぞれの価値観とアジャイルのそれとが180度違うということはほぼありません。いずれかの次元では非常にマッチしていて、いずれかの次元ではマッチしていない、というパターンが多いので、それぞれの次元でどうギャップを埋めていくのかが重要になります。

ホフステードの6次元モデル

シンプルにアメリカと日本は文化が違うよね、と言われると、うんそうだねとほぼすべての人が答えると思いますが、どのように何がどれくらい違うのか、また他の国はどうなのかというのはあまり会話には出てきません。しかしグローバルな組織文化を取り扱う場合、このあたりを意識することが重要になってきます。
国別の文化の差異を6次元のパラメータに分けてスコア化したものが、ホフステードの6次元モデルとそれの元になったデータです。
タイトルにも書いたこのホフステードの6次元モデルを紹介していきます。
ホフステード博士はオランダの社会心理学者で2008年に世界で最も影響力のあるビジネス思想家トップ20に入っています。*4
彼は1967年から1970年にかけて、IBMの組織開発のため、IBM従業員意識調査をIBM社員11万6000人、72カ国、20言語で実施すると、意識や行動の違いは、職種や性別、年齢などよりも、国別の文化の違いによって生まれるということが偶然にも発見できました。*5このときに6次元モデルの原型ができ、その後50年かけて追加調査、検証を行い、データが正しいものであると確認されました。
そのホフステードの6次元モデルがこちら。

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ホフステードの6次元モデル*6
このあたりはすでに良い説明がされているので引用していきます。*7*8

1. 権力格差 小さい⇔大きい

階層を重視するのか、平等を重視するのか。
権力格差が小さい文化の特徴としては、参加型マネジメントの傾向があり、理想の上司は「コーチ」、ヒエラルキーは便宜上必要になる場合があると考え、分権やエンパワーメント、自立を促され、年長者への経緯は希薄である傾向が高いです。
一方で権力格差が大きい文化においては、階層型マネジメントの傾向にあり、理想の上司は「親」、ヒエラルキーは重要であると考えられ、中央集権、指示命令、上司や年長者の言うことを聞き、敬意を示す傾向にあります。
例えば、権力格差が小さい文化において、上司が権威を示してヒエラルキーを重視しようとすると、部下からは威張っていて融通がきかない無能な上司だと思われる、ということが文化の違いによって生まれます。

2. 集団主義個人主義

自分が属する内集団に依存し、その利益を尊重するのか、それとも独立し個人の利益を優先するのか。
集団主義思考の特徴は一人称が常に"We"、所属集団の意見、メンバーを尊重する、暗黙のコミュニケーション、調和を重んじ、直接的な対立を避ける、集団へのフィードバック、面子を失うことが恥であり所属集団の責任となる、職務より人間関係を優先する、などです。一方で個人主義思考の特徴は一人称は自身である"I"、個人の意見、個人の経済的・心理的ニーズの尊重、明白なコミュニケーションで自分の意見を述べ、対立は必要なものと考える、個人へのフィードバック、自尊心の喪失が恥となり自分自身の責任になる、人間関係よりも職務を優先するなどです。
例えば、集団主義の文化において、個人主義的な価値観でコミュニケーションを取ると、侮辱されている、ストレスがたまる、無作法、無礼である、上司に忠実ではないと思われるということが、文化の違いによって生まれます。

3. 女性性⇔男性性

競争社会の中で家族や友人、大事な人と一緒にいる時間を大切にするのか、それとも達成する、成功する、地位を得ることによって動機づけられているのか。
念の為書いておきますが、これは決して女性や男性の性別としての特徴を言っているのではありません。FeminityなのかMasculoinityなのかという話です。
女性性が高い文化においては弱者を支援、生活の質・連携・協力を重視・目的や目標は方向性を示すもの、良い上司の理想は関係構築力があり意見をまとめることに長けていること、インセンティブは金銭的なものだけではなく、生活の質を高める労働環境、仕事より家庭、男性の女性を果たす役割について感情に同じものを期待する。
一方で男性性が高い文化だと、業績重視の社会、成功者を賞賛、成功・地位・他者より秀でることを重視、明確な目標・ターゲット、良い上司の理想は決定力があり、アサーティブであること、インセンティブは昇給・昇格・賞賛・チャレンジのある仕事、家庭より仕事、男性と女声が果たす役割に対して感情的に異なるものを期待するなどです。
例えば女性性が高い文化において、男性性を発揮してしまうと、攻撃的、自信過剰、自慢している、見せびらかしている、地位や服装・化粧にこだわりすぎなどと思われるということが、文化の違いによって生まれます。

4. 不確実性の回避 低い⇔高い

不確実なこと、知らないことを驚異と捉えるのか、それとも気にしないのか。
不確実性の回避を重視しない文化の特徴は、規則はできるだけ少ないほうがいい、曖昧な状況や不慣れな状況を楽しむ、リラックスしている、実務家・常識への信頼、成功するためにリスクをとる、「Out of box thinking」新しい手法を奨励する、トップマネジメントは戦略にフォーカス、学生は学習のプロセスを求め、教師が全ての解答を知らなくても気にしない、などです。一方で不確実性の回避を重視する文化の特徴は、規則・構造を感情的に必要とする、曖昧な状況、前例のない状況を嫌う、ストレスが多い、専門家への信頼、失敗しないためにリスクを避ける、形式・構造を重視して仕事を進める、トップマネジメントは日々のオペレーションを気にする、学生は正しい答えを求め、教師が全ての解答を示すことを期待する、などです。
例えば不確実性の回避を重視しない文化において、不確実性の回避を重視するような行動をとると、融通がきかない、細かすぎる、マイクロマネジメント、信用されていないなどとおもわれるということが文化の違いによって生まれます。
逆のパターンだと、原則を知らない、モラルがない、不真面目、「無能なのか?それとも単純に怠惰なのか?」と感じるこということが起こります。

5. 短期思考⇔長期思考

将来・未来に対してどう考えるのか。
短期思考の特徴は、短期の財務的結果を重視、評価指標は利益やROI、消費、欲求はできるだけ早く満たしたい、分析的な思考、唯一絶対の心理、原則・原理を重視、善悪を判断する普遍的指針がある、自国に対するプライド。
長期思考の特徴は、長期的な利益や恩恵を短期のそれよりも重視する、評価指標は市場シェアや顧客満足度、倹約、欲求はすぐに満たされなくてもいい、統合的な思考、いくつもの真理、実用性を重視し例外を認める、善悪の判断は状況次第、他の国から学ぶ、などです。
例えば短期思考の文化において、長期思考で行動すると、物事の白黒が明確ではない、ぶれる、分析力がない、決断が遅いなどと思われるということが文化の違いによって生まれます。

6. 人生の楽しみ方 抑制的⇔充足的

人生を楽しみたいあるいは楽をしたいという気持ちを抑制して悲観的に考えるのか、それともその気持を発散させ、ポジティブに考えるのか。
抑制的な文化の特徴は、「非常に幸せ」な人の割合が低い、運命主義で無力感を感じている、悲観主義的、真面目で厳格な振る舞いが信頼と専門性の証、微笑みは疑わしい、道徳的規範が多い、きつい社会。
一方で放銃的な文化の特徴は、「非常に幸せ」な人の割合が多い、人生はコントロールできる、楽観主義的、職場ではポジティブシンキングを奨励、微笑みが基本、道徳的規範が少ない、ゆるい社会、などです。

実際のデータは?

意識調査のデータから生まれたのがこのホフステードの6次元モデルなので、当然データがあり、すでに世界中の101カ国の6次元スコアが出ています。この記事は日本語で書いているので日本人の読者が多いでしょうから、皆さんのイメージと比較するために日本の文化の傾向だけ紹介すると、日本の文化では男性性が高く、不確実性の回避が高く、長期思考で残りは真ん中らへんという感じです。
しかし残りのデータを紹介するのは控えようと思います。
なぜなら*9の著者もかなり慎重になっていると言っていましたが、このデータを安易に知ることによって、あの国の文化はこうだから、あの国出身の人はこういう行動をとるだろう、という間違った固定観念を生むリスクがあるからです。
このデータはあくまでもマクロなものであり、平均化したものですし、同じ国でも組織、コミュニティによってその文化が天地の差ほどあることは周知の事実だと思います。
実際私は日本人ですが、自分自身が日本の文化のスコアとは全然違う文化だなと感じます。しかも、生きている中で大人にになってからでも変わったなと感じます。
このデータ自体は非常に価値がありますし、このデータがなければホフステードの6次元モデルは生まれなかったので、このデータは必要ではありました。しかし私が重要だと考えるのはこのデータから生まれたホフステードの6次元モデルのほうだと考えます。

もしデータを知りたい場合は経営戦略としての異文化適応力の後ろの方に載ってますので読んでみてください。

組織文化の構築

ではホフステードの6次元モデルをどのように活用するのか考えます。
自分が目指している理想の組織文化はどんなものなのか、それを6次元のモデルに落とし込み可視化しておく、現状の文化はどうなのかそれを6次元のモデルに落とし込み可視化しておく。それによってじゃあ変化させるためのアプローチはどうするのかを考えることが出来ます。

仮にアジャイルな組織を作りたいとしてみましょう。
答え合わせをしたわけではありませんが、私自身が考えるアジャイルの文化はこのようなになりました。

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アジャイルの文化をホフステード6次元モデルで表した図
不確実性の回避と短期志向/長期志向を真ん中に寄せた理由ですが、それぞれマクロな視点なのか、ミクロな視点なのかによって変わってくるからです。例えば不確実性の回避はマクロな視点から見れば低いと言えますが、良いアジャイルチームは具体的なところで不確実性を回避するための取り組みに力を入れているからです。会議でこういう問題にあたったときにはこうしよう、など予め”変更可能な”ローカルルールとして決めて、ある程度の不確実性を回避し、スムーズに物事を進められるようにしているためです。

一方で自分の組織が仮こうだったとします(これは私の組織とは無関係であり、適当につくったものです)。

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現状の組織文化をホフステードの6次元モデルで表した図

すると文化にギャップがあることが可視化できるわけです。

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現状の文化と目指したい文化のギャップをホフステードの6次元モデルに表した図

この場合、女性性/男性性はほぼマッチしています。なのでこの部分においては、何を価値・原則とするのかを明文化してやるだけで十分である可能性が高いです。
他の部分においてはかなりギャップが大きいので厳しい戦いを強いられることが見えてきます。

ギャップを埋めたいからと言って、いきなりプラクティスやフレームワークを適用しても、価値観の部分が合致していないのでうまくいかないリスクが高いのです。
では価値・原則はどうやって?というところですが、確かにアジャイルマニフェストには価値や原則が定義されていますが、これを読むだけでは不十分だと思うのです。これらの捉え方や理解の仕方は色んなパターンがあり得ると思います。もっと他の、その状態になったときにどういう美しい景色が見えるのか、経験を通じて伝えないと行けないと思います。

ここでこのギャップを埋めるためのプラクティスで私が個人的に注目しているのがLINE社における取り組みです。
speakerdeck.com
スライドの30ページからその説明がありますが、LINE社においては、みんなに「アジャイルは一つのお気に入りだ」と思われるような取り組みをEmail Marketing Funnel Storategy*10を参考にして、独自のFunnelを作成しています。
Awareness -> Positive Impression -> Desire to experiment -> Practice -> Spreading
この流れは、現状の文化から、アジャイルの文化へ変える、もしくは価値を理解してもらって気に入ってもらうために必要な流れです。
具体的に何をするのかはおそらくいろんな方法があると思いますし、私もどんどん知って、試していきたいなと思っているところです。

終わりに

ホフステードの6次元モデルを勉強するにあたり、宮森千嘉子さん・宮林隆吉さんの
『経営戦略としての異文化適応力 ホフステード6次元モデルの実践的活用法』を読み、勉強会に参加させていただきました。貴重な知見をありがとうございました。